二十三話 誤解
シュノーブの森から少し離れた山の中、アルフォンは岩に腰掛けて空を眺めていた。
アルフォンから離れて臥せっていた紫狼が、ピクリと耳を立て起き上がる。
紫狼が見詰る先には誰も見えないが、恐らく待ち人がやって来たのだろう。
アルフォンも周囲に気を配りつつ、そちらに顔を向ける。
暫くして、紫狼が立ち上がり、その尻尾を振り出した。そこで、遠くに黒い人影が見えて来た。
近付いてきたその人物は、こちらを見て手を振っている。途中で、帽子と仮面は取ったようだ。
その姿に、アルフォンは知らず笑みを浮かべる。たった一日会わなかっただけで、何故か久しぶりに会うように感じていた。
待ちきれず、走り出した紫狼に続き、アルフォンもハルキの元へ歩き出す。
「ただいま。紫狼。いい子にしてた?」
持っていた荷物を下ろし、紫狼に顔を埋めて撫で回す。ハルキたちがスキンシップに満足する頃に、アルフォンがハルキたちの元に辿り着いた。
「伊嵯早、ご苦労様」
アルフォンではなく、風霊に声をかけ、最後にアルフォンに向き直った。
「フォン、お腹空いてない?」
開口一番の台詞に、アルフォンの先ほどから下降していた機嫌が更に下がった。
眉間に皺を刻むアルフォンに構うことなく、ハルキは持っていた荷を解き、自分の荷物に詰めていく。
「ハル、俺に最初に言うことは、それだけか?」
「え?あぁ!無事だったみたいで、何より」
期待外れの答えに、アルフォンは皺を深くする。
「そうじゃなく・・・・もういい」
既視感を覚え、昨日も同じような会話をしたこと思い出す。しかも、扱いまで同じだ。騎獣と精霊の二の次なその態度に、疎外感を禁じえない。
アルフォンは苛立ちのままハルキに近寄り、腕を取り両腕で拘束する。
「ちょっ!?」
「補充」
ハルキの髪に鼻を埋め、アルフォンは目を閉じた。
「はぁ?意味わかんないし。て言うか、フォン。日に日にセクハラがグレードアップしてってんじゃん。放せ、こら。聞いてんのか、スケコマシ」
「お前の遣う言葉は、意味が分からん」
アルフォンは分らない単語満載の悪態を聞き流し、腕の中の感触を楽しむ。
もがくハルキが脱出を成功する前に、横合いから衝撃が襲った。
「ぐっ」
アルフォンに抱き込まれたまま、ハルキも一緒に倒れる。
その上には、紫狼の前足が乗せられている。
ハルキを助けようと、紫狼が体当たりしてきたのだ。
「紫狼・・・」
「ワン」
アルフォンが非難するように低く紫狼の名を呼べば、紫狼は不服そうに一声吼えた。
「お、も、い」
と、アルフォンの体の下から、カエルが潰されたような苦しげな苦情が聞こえ、アルフォンは慌てて腕に力をいれ僅かに隙間を作る。
「ハル、大丈夫か」
「大丈夫か、じゃねぇよ。退け、クソが」
どうやら本気で怒り心頭らしく、息も絶え絶えに紡がれたハルキの声は、今までになく地を這っていた。
アルフォンは簡素だか鎧を身に着けている。皮製ならばまだしも、騎士用の金属製である。そして、ハルキとアルフォンの身長差は30ミント以上。
抱き込まれればハルキの顔はアルフォンの胸にすっぽり覆われるわけで、倒れた際の衝撃はアルフォンの体重と紫狼の重さで一番被害を被ることになったのだ。
痛いというよりは、苦しい。
「退いてやりたいのは山々だが」
アルフォンの背を踏みつける、太い前足で起き上がることまでは出来ない。
「紫狼」
ハルキの一言で、紫狼は大人しく足を退け下がる。
が、紫狼の足が退けられても、アルフォンは完全に起き上がることなく、その腕にハルキを囲ったまま押し倒した形でその顔を覗き込んだ。
「怪我は?」
それに、顰めていた顔を盛大に歪め、ハルキは数ミント上にある顔を睨みつけた。
「退けって言ってんのが、聞こえないのか。オッサン」
「オッサ・・・俺は、27だ。そんなに歳は取っていない」
微妙に傷つきながらも、アルフォンは反論する。
「オッサンで十分。見た目は兎に角、貴方は精神的に老成してる」
「・・・・・お前は幾つだ?」
「23」
ハルキの歳に、アルフォンは目を見張った。
「幾つに見えてたのかな?」
ハルキは人種で言っても、確かに若く見られる人種だ。そして、個人的にも童顔だという自覚くらいはある。が、それにしてもアルフォンの今までにない、そのあまりの驚きように、ハルキは笑顔で問う。
「じゅ・・・17くらいかと」
「フォン?」
視線を宙に漂わせ、少し詰まったアルフォンに、ハルキは更に笑みを深くする。
「14」
視線を逸らし、ボソリと呟かれた言葉に、ハルキは笑顔のまま、自分を押し倒す形で体の上に覆いかかる、アルフォンの胸に手を置いた。
次の瞬間、アルフォンは今度は後ろへ吹き飛んだ。
近くの木にぶつかりそうになるが、背後からフワリと風が吹き、ぶつかることはなかった。が、相当な衝撃に息を詰める。
「ロリコンか。未成年に手を出すのは犯罪だ、フォン。サイテー。軽蔑する。もう近付かないで」
「・・・っ・・・・ちがっ・・・・」
未だ衝撃に立ち直れないアルフォンは、声を詰まらせながらも否定をするが、起き上がり服を払うハルキは、地面に臥すアルフォンを蔑んだ目で見下ろした。
「紫狼、行こう。コイツは、変態だ。セクハラロリ男だ。女の敵だ」
アルフォンに背を向け、歩き出すハルキに、慌てて起き上がり声を掛ける。
「待て!違う!その、確かに若くは見えていたが、14は列記とした成人だ。幼く見えていたからといって、別に女に見えていなかった訳では――」
「尚悪いわ!幼女趣味暴露して、恥ずかしくないのか?恥を知れ!恥を!」
「!!ようじょ・・・。それこそ誤解だ!俺は、どちらかと言えば・・・・」
先を行くハルキに追いつき、必死に弁解するアルフォンだったが、殆ど空回りしていた。
「もういい。聞きたくない。幻滅だ!顔がいいのに、顔だけはいいのに、性格も、性癖も、趣味も悪いなんて・・・・。いや、ある意味バランスが取れてるのか?これで中身も完璧だったら、それはそれでつまらない・・・・・・・」
憤りながら吐き捨てていたハルキだったが、後半独り言のように呟き、何かを考えるように沈黙する。
「ハル?」
黙りこんだハルキを伺うように覗き込んだアルフォンの顔に、暫く胡乱気な視線が注がれた。
やがて盛大な溜息が聞こえ、これ以上ないくらいに憐憫の篭った視線が、紅を擁く秀麗な顔に向けられる。
「そうか。じゃぁ、仕方ないね。誰でも一つや二つや、三つや四つくらい欠点があるもんだもんね。仕方ないか。そうだな。まぁ、見た目アレなだけに、残念な感じが大きいけど・・・仕様がないよね。フォンだしね」
「オイ」
一人納得したように、かなり聞き捨てならない言葉を紡ぐハルキに、アルフォンは頬を引きつらせて抗議しようとした。
が、その肩を何も言わず叩くハルキに、最早何も言うことができない。下手に抗議すれば、今度は本気で軽蔑されかねない。
人生で初めてと言っていいほど、自分の言動を強く悔やみつつ、アルフォンは大きく息を吐いた。