二十二話 足跡
翌日、ハルキは青の十七月に宿を出た。暫くふらりと店を見て回りながら、ハルキは通りの向かい側から歩いて来る目的の人物を見つけた。
偶然を装い、ハルキは手を上げる。
向こうもハルキに気付き、少し顔を顰めたが、それを直に消し去り笑顔で近付いてきた。
「おはようございます」
「おはよう。早いね、もう行くのかい?」
カイザックが挨拶を返しながらハルキの出で立ちを見る。
昨日街に入ってきたときより、明らかに多い荷物を抱えている。
「えぇ。まあ」
「重そうだね。騎獣でも飼ったらどうだい?そんなんじゃ、旅をしにくいだろう」
「そうですね。考えておきます」
にこやかな雰囲気のまま、カイザックが別れを切り出す。
「それじゃ、道中気をつけて」
「はい。それでは」
ハルキは一礼して、カイザックとすれ違った。カイザックも振り返ることなく、再び進行方向へ歩き出す。
暫く離れたところで、カイザックの背に声がかかった。
「ザックさん」
振り向いたカイザックの視界に、何かが飛んできた。
咄嗟にそれをキャッチし、訝しげに見やった先に、6メール程離れた場所に立つハルキが振り返って立っていた。
「探し人と会えないときは、その人の思考に立って考えてみたら見つかるかもしれませんよ。ソレ、お近づき印に。お守りです。早く見つかるといいですね」
握っていた拳を開くと、紐のついた小さな袋があった。布地がシルクで、見た目地味だが、質はいい。
カイザックは暫くそれを見詰、次いで微笑してハルキを見る。
「ありがとう。君も、早く待ち人に会えるといいね」
「そうなる事をボクも期待してますよ。では、また」
ハルキは他人事のような台詞と、意味深な言葉を残し、今度こそ人ごみに消えていった。
カイザックは掌に残された置き土産を暫し見下ろし、苦笑をして歩き出す。
「お待たせしました」
カイザックは少し離れた場所。脇道へ反れていく建物の影に、隠れるようにして立っていた人物に、声を掛ける。
「知り合いか?」
「えぇ。例の件で協力を要請しようとしていた人物です」
フードを被った男は、カイザックの言葉にハルキの消えた人ごみを見やる。
「ほぉ。あれが?お前の御眼鏡に叶った者か」
「ま、フラれちゃいましたけどね」
カイザックが肩を竦めて応える。
「行きましょう。他の者も集めてあります」
声を潜め、周囲に気を配りながら昨日訪れた酒場に入っていった。
昨日のように、マスターが奥の扉を開く。違うのは、その更に奥の階段で、二階にある部屋へ通されたことだ。
二階の一番奥の部屋へカイザックたちが入っていくと、其処に集まっていた冒険者姿の7人の男たちは、一斉に立ち上がり、左膝を立て片膝を着いて礼をとる。
いわゆる騎士礼で迎えられた男は、直に手を挙げ全員を立たせた。
「いい。それより、如何だ、進展は?」
無駄話をすることなく、シンに向って問う。
「駄目です。それらしい情報は何も」
「・・・そうか」
途端沈黙に包まれた部屋に、何か硬い物が落ちる音が響いた。
全員が音のした物に目を向けると、小さな袋があった。見た目に反し、重さはあるらしい重量感のある音だった。
落した人物は、身を屈めそれを拾う。
「すみません」
持ち主のカイザックが、悪びれずに謝る。
「何だ、それは」
シンが胡乱気にカイザックの持つ袋を見やる。
「ん~。ハル君に貰った。お守りだって」
「ハル?誰だ?」
「ほら、昨日の」
説明しながら、何気なしに袋の紐を解く。
「結構重さがあるんだよね。何かな?」
逆さにした袋から、掌に転げ落ちたそれに、カイザックは初め怪訝な顔をする。
次いで、何かに気付いたように頬を強張らせた。
「団長」
隣に立つフードの男、ルイスに硬い声で呼びかけた。
ルイスも何時になく厳しい声音のカイザックに、何か感じる物があったのか、差し出された掌を見る。
「っ!!コレは!」
息を呑んで、驚きを顕にするルイスに、集まっていた男たちもその小さな物体を見た。
そこにあったのは、純金の釦だ。其処に刻印されているのは、龍。その神獣の刻印は貴族の間では、さして珍しくない。が、その裏にあった物が問題だった。
小さく刻印されたそれは、紛れもなく主を示す文字。A.H――アルフォン・ハインベルの頭文字だ。
その釦も、アルフォンが襲撃された日に着ていたマントに着いていたものと、一致する。
「シン」
ルイスがシンを睨むように見る。シンは騎士団に属しているが、術者の素質も高いゆえ、伝令役としてリディアに来ていた。
シンも直ぐに意図を察し、小さく呟く。
何時もは三つの門其々に就いている者がいるが、今日に限ってルイスが来ると伝令を受けていたために、街にいる騎士すべてがこの部屋に集まっていた。
そのため今見張りは、風霊で行っている。
が、シンは暫く目を瞑っていたかと思うと、愕然と目を開いた。
「・・・駄目です。見当たりません」
「如何言う事だ?」
「分りませんが、風霊はちゃんと動いております。しかし、彼の者の行方だけは精霊が動こうとせぬのです」
シンが口惜しげに報告する。
「術者か」
言って、カイザックはその兆候を思い出す。先ほどのあの人ごみの中、不思議と声が聞き取りにくくなかった上、広場でも然して声を張り上げている風でもなかった。
しかも、同じ術者のシンに気付かれなかったと言うことは、力はシンより上と言うことになる。下手をすれば、シンとしていた総ての会話を知られている恐れがあり、カイザックの顔から血の気が引いた。
シンもその可能性に至っているのだろう、顔色が悪くなっている。
「まだそう遠くへは行っていないはずだ。リオルグとエインは東、ロッジとレーガンは西、マクレイルとカリヴァンは南を探せ。カイザック、特徴を」
「はっ。様相は黒い山高帽子に外套。顔に仮面を被っております」
カイザックの言葉に、ルイスはその奇抜な特徴に一瞬言葉に詰まらせるが、直ぐに捜査隊を出した。
6人が出て行くと、カイザックとシンに向き直る。
「他に、何か手掛かりはないか」
「帝都へ行くと申しておりました」
直ぐにシンが応える。
「人を待たせているのだとか」
シンの報告に、ルイスは少し目を伏せ顎に手をやる。
「お前は如何だ?ザック」
「はっ。昨日掴まった“毒蜘蛛”の一派を捕らえたのが、あの者です。昨夜はレディ・マリアンヌの一行と“プロキオン”で一緒でした」
「レディ・マリアンヌだと!?あの女傑が、この街にいるのか?」
思わぬ人物の名に、ルイスは渋面を作った。
「それから、先ほど会った際アドバイスのような事と気になる事を言われました」
「何と?」
「探し人を見つけるなら、その人間の思考になって考えてみればいいと。それから、また会おうと言うような意味合いの事を」
「・・・・・・・・・・そうか」
カイザックの報告に、熟考した後、ルイスはシンに指示を出した。
「ジョンと叔父上に伝令を」
結局、戻ってきた部下から特徴の一致する者が帝都の方角へ向った目撃情報のみが齎され、肝腎の人物の捕縛には至らなかった。