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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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二十一話 打診


 カイザックたちが店に入ってすぐ、目的の人物を見つける前に、一つのテーブルからその人物が立ち上がった。

 同じテーブルに座る一同と何か言葉を交わし、そのままカイザックたちに近付いてくる。


「あれが?」


 隣に立つシンが、警戒に声を低くしてカイザックに確認を取る。それはそうだろう、仮面を被って顔の見えぬ人間など、怪しいことこの上ない。

 カイザックは目線をハルキに向けたまま、苦笑してシンに応える。


「そうだよ」


 目の前に立ったハルキに、カイザックは微笑んで謝った。


「よかった。まだいてくれたんだね。遅くなって、ごめんね?」


「構いませんよ。そちらは?」


 僅かに顔を、カイザックの隣に立つシンに移す。


「我はこれの同行者だ。一緒に来たが、構わんだろう?」


 横柄な物言いに、カイザックが直にフォローを入れる。


「ごめんね。こいつは、こういう奴なんだ。悪気があるわけじゃないんだよ」


「分かってます。如何します?店を変えますか?」


 背後の店内の様子に、ハルキは二人に伺う。カウンター席なら離れて座れば席がないことはないが、話をするならば不向きだ。

 カイザックもそれに同意するように、頷いた。


「そうだね。じゃぁ、行きつけの酒屋でいいかい?」


「えぇ。では、参りましょうか」


 二人を促し店を出た。


「あの者たちは、貴様の知り合いか?」


 カイザックと話している間も、こちらを見ていたマリアたちのことを指して、シンが問う。


「待っている間に、知り合った方々ですよ。女剣士レディ・マリアンヌ。ボクも始めてお目にかかりました」


 その言葉に反応を示したのは、カイザックだった。


「何だって?!あのレディ・マリアンヌが帝国にいるのかい!」


 あまりの過剰反応に、ハルキは首を傾げる。


「そこまで驚くことなんでしょうか?」


 カイザックへではなくシンへ問う。


「・・・これがレディのファンなだけだ。しかし、あの女剣士が・・・」


 シンも気になるのか、何かを考えるように黙る。


「何故帝国にいるのか、理由を言っていたかい」


 興奮を押さえ、カイザックがハルキに訊ねる。


「いえ。骨休めだと言っていましたよ。ところで、どちらへ?」


「ん?あぁ。ここ、ここ」


 辿り着いたのは、大通りから逸れた路地に面する静かな酒場だった。

 店内に入れば、先ほどの喧騒と打って変わって、シックな曲の流れるテーブルが5~6席しかない酒場だった。

 ハルキを挟んで、先にカイザックが最後にシンが入店する。

 三人が入り、こちらに眼を向けたマスターにカイザックが頷くと、マスターは何も言わず奥の戸を開けた。

 黙ってカイザックに付き従いながら、ハルキは面倒くさい展開に小さく溜息を吐く。

 部屋には一脚の長ソファと二脚の一人掛けソファがテーブルを挟んで配置されていた。

 ハルキが入った時点で、シンが何かを呟く。その呟きが終ると、ハルキは周囲の風霊が動いたのを感じた。

 促されるままにハルキは一人掛けソファに座り、正面の長ソファに二人が座る。


「じゃあ、改めて。自己紹介が未だだったね。僕は、ザック。こっちは、シン。よろしくね」


 差し出された手を一瞥し、ハルキはその手を取らずに自己紹介をする。


「ハル、と呼んでください」


 会釈をして頭を上げれば、少し面食らったカイザックと不信感を募らせるシンの表情が目に入る。

 シンが低く呟くと、風霊がシンの声をカイザックにだけ届ける。


「ザック。計画中止だ」


「言いたいことは分かるよ。でも――」


「これは怪し過ぎる。もっと慎重に人選すべきだ」


 カイザックの勘を信じられないわけではないが、今回だけは問題だ。

 顔も素性も、名も怪しい上、異様に場慣れして落ち着いている態度も含め、間者か暗殺を生業(なりわい)にしている危険人物にしか見えない。

 団長のルイスには許可を貰えたが、慎重に慎重を期さなければならない計画を、こんな得体の知れない人間に任せる事は出来ない。


「殿下のお命にも関るのだぞ。こんな不審人物に任せておけん」


 仮面で隠されているから表情は分からないが、ハルキには今、目の前の二人が話しているにも拘らず、声の聞こえていない状況だ。

 それなのに二人に特に何か言うわけでもなく、黙って見詰てくるハルキに、シンは鋭い一瞥をくれる。


「まぁ落ち着いてよ、シン。君の言いたいことも、分からないでもないけど、ルイス団長だって、人選は僕に任せるって言ってたろ」


「だからと言って、この怪しい者に頼らなければならないなど、近衛騎士の名折れぞ!」


「シン!」


 今までになく厳しい声でシンの名を呼ぶ。


「俺たち第一団の名なんぞ、既に折れてる。守るべき主君を守りきれなかった時点で、気にするべきは名じゃない」


 地が出てしまうほどの雪辱に、カイザックは唇を噛締める。

 シンも、悔しそうに黙り込み強く目を閉じた。

 重い沈黙が漂う中、場違いな声が二人に掛けられた。


「あの~」


 すっかり忘れていた存在に、二人は同時に顔を向ける。

 苦笑したように口角を上げた仮面が、二人を見詰ている。


「話は着きましたか?」


 精霊に命じ、声を遮断していたため、カイザックたちの遣り取りはハルキには聞こえていないことになっている。

 実際は、ハルキも風霊に命じ筒抜けではあったが、それを悟らせるようなことも言わず、ハルキはカイザックに話しかける。


「取り合えず、何か飲みませんか?お二人は、夕食は?」


 カイザックも、ハルキのこの言動には、色々と思うところがないわけではない。が、今気にすべきは目の前の人物の人と成りである。

 気を取り直し、ハルキに向き直る。


「すまないね。秘密話をするつもりじゃなかったんだけど。相棒は人見知りが激しくって」


 空気を変える為、カイザックは肩を竦め、なるべく口調を軽くして話す。


「君は、夕食は食べたのかい?」


「えぇ。待っている間に。で、喉、渇いてないですか?お二人とも」


 笑みを模る唇で、ハルキが微笑んでいることは分かる。

 この状況で、余りにも余裕なハルキに、流石にカイザックも苛立ちを覚える。


「いや。夕食の必要がないなら、話を始めさせてもらっても?」


「どうぞ」


 ハルキは膝に肘を立て、組んだ手に顎を乗せて話を促した。


「その前に貴様、礼がなってないぞ。その薄気味悪い仮面と帽子を取れ」


「シン」


 シンを宥め、カイザックはハルキに向き直る。


「本当に、ごめんね。まぁ、言い方は悪いけど、お互い腹を割って話したいから、良ければその仮面だけでも取ってはもらえないかい?」


 すまなそうにしながら、人のいい笑みを浮かべてはいたが、ハルキはその目に酷薄な光があるのを見て取る。


「そうしたいのですが・・・・」


 言い澱むハルキに、カイザックが思い出したように謝った。


「あっ!すまない。そうだったね。いや、君が嫌なら、仮面はそのままでもいいよ」


「ザック」


 咎めるようなシンの呼びかけに、カイザックは口を耳に寄せて小声で話す。


「顔に傷があるらしい」


「別に傷など気にせぬ」


 シンはハルキに向って正面から言ってのけたが、ハルキは苦りきった声音で小首を傾げる。


「傷であったらここまでしなかったのですが・・・・・ごめんなさい。見苦しい物を人様にお見せするのは・・・・・・・ボクも心苦しいんです。ご容赦願えませんか?」


 ハルキの言葉と雰囲気に、それ以上踏み込むことは出来ず、シンはしぶしぶ引き下がった。


「構わないんだよ。こちらこそ、不躾だったね」


 今度は真摯(しんし)な謝意を示した眼差しで、ハルキに謝るカイザックに、首を横に振るだけで応えた。

 それで、容姿についてのそれ以上の言及が出来なくなり、ハルキは仮面も帽子も脱ぐことなくそのまま話を促せた。


「頼みたい事というのはね、人探しなんだ。ジュノーブの森で、もう一人の連れと(はぐ)れてしまってね」


 話を切り出したカイザックに、シンは諦めたように口を挟もうとはしない。代わりに、顔を逸らして部屋の隅を睨みつけている。


「ジュノーブの森」


 ハルキの小さな呟きに、カイザックは頷いた。


「そう。ただ・・・・知っているか分らないけど、今森は立ち入りを制限されているんだ」


「みたいですね。理由までは知りませんが」


「僕たちが入ったのは、制限規制のかかる前だったんだけどね。逸れてから大分経つんだけど、未だに会えなくて。心配なんだ」


「お二人で探しに出られては?」


「一人は残っていないと、すれ違いになるかもしれないだろう?」


「それで、何故ボクに?冒険者の方がいいでしょう。この街には、頼れそうな方がたくさんいるんですから」


「僕は君が良いと思ったから。ただそれだけだよ」


 カイザックがきっぱりと言い切った。ハルキは暫くその目を見詰た後、深々と頭を下げた。


「すみません。お力になりたいのは山々なんですが、ボクはどうしても明日出発しないといけないもので」


 ハルキの断りの言葉に、シンはやっと顔を戻し、カイザックも小さく安堵の息をついた。

 二人とも、本心で言えば、カイザックの勘だけでは、引き受けて欲しいと思うより断って欲しいという思いのほうが強く、けれど、今躊躇っているわけにも行かず打診してみたに過ぎなかった。

 実際言葉にして、不安の方が大きくなり、断ってもらって返って安心を覚えたのだ。

 二人の安堵を見て取り、ハルキは内心で笑った。


「いや、別に其処までしてもらわなくても。こっちも、あくまでお願いしてみただけだから。ごめんね、変なこと頼もうとして」


 ハルキに頭を上げさせて、カイザックは言葉を接いだ。


「本当に、気にしなくていいから」


「いえ。すみませんが、お話がそれだけだあるのなら、ボクはこれで」


 立ち上がったハルキに、シンが声を掛ける。


「何処へ行くんだ?」


「?」


「急いでいるのだろう」


「そうですねぇ」


 何処か他人事のように答えるハルキに、眉を寄せる。


「人を――待たせているんです」


「人?」


 カイザックは、小さく呟いたハルキの言葉を繰り返した。


「で、何処へ行くつもりなんだ?」


「帝都へ」


 シンの言及したハルキの答えに、二人は息を呑む。

 それに構わず、ハルキは暇を告げた。


「では、ボクはこれで。おやすみなさい」


「待て!」


 踵を返そうとするハルキを、シンが留める。それに、顔だけ振り向いて応えた。


「貴様は、何者だ?」


 シンはハルキに会ってからずっと疑念を感じていた事を、口にする。

 それに、ハルキは苦笑を滲ませた。


「何が可笑しい?」


「いえ、よく同じ事を聞く方を知っているので。ボクはただの旅人ですよ。それでは」


 そのままドアノブに手をかけ、思い出したようにカイザックたちに向き直る。


「あぁ!そうだ、一つ伺っても?」


 カイザックが目線だけで促す。


「そのお連れの方は、あなた方にとってそんなに大切な方なんですか?」


 ハルキの問に、暫くその仮面の顔を推し量るように見詰、カイザックが応えた。


「この命より、大切に思う方だよ」


「・・・・そうですか」


 今度こそ話を切り上げ、ハルキは部屋を後にした。


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