二十話 情報収集
約束の酒場はすぐ見つかり、ハルキは戸を開いた。
分かってはいたが、一応店内を見渡すも、男の姿は見当たらない。
店内はまぁ広く、まだ赤の満月を過ぎたばかりの時間帯もあって、大分込み合っていた。
町の人間より冒険者や旅人、傭兵が利用する店のようだ。
少し視線を集めながら、ハルキは真直ぐカウンター席に座る。
「マスター、軽く何かお願いできますか?」
「はいよ」
無表情に返事をする壮年のマスターは、ハルキのような奇妙な格好の客にも免疫があるのだろう。短く返しただけで、不躾な視線は寄越さない。
と、近くの席から音を立てて椅子が引かれ、一人の男が立ち上がった。
「イヨォ、にぃちゃん。おめぇ、見たぞ。昼間、あれだ、ほら。広間にいただろうが」
既に相当出来上がっているのだろう冒険者は、ハルキを指差しながら盛大に絡んでくる。
「ちょ!マードックさん。酔いすぎですって。すんません」
男の連れらしい4人のうち一番若い少年が、マードックと呼ぶ男を止めにかかる。
「うっせぇ。ばぁか、言ってんじゃねぇぞロイ。おれゃ、まだ酔ってねぇ。それよか、おめぇ、仮面ヤロォ、歌え!おら、歌ってみろぉ!」
「マードックさん!すんません、ホントすんません」
マードックを抑えながら、ハルキに謝り倒すロイに、ハルキは仮面の下で苦笑する。
マードックとロイ少年の遣り取りで、店中の注目を集めてしまっている。
ハルキが口を開く前に、それを仲裁するように他のメンバーの一人が声を上げた。
「いい加減になさい、マードック」
フードを被ったその人物は、如何やら女であったらしい。
二人を制し、女は被っていたフードを脱ぐ。フードの下から亜麻色の眼に、深い青色の艶やかな髪が現れる。20代後半の美女は、ハルキに艶やかに笑み謝罪する。
「連れがごめんなさい。でも、昼間の物語は本当に素晴らしかったわ。よければ、一曲お願いできないかしら。お礼に、一杯驕るから」
どうやら、一行のリーダーはこの美女らしい。
ハルキは口の端を上げ、その場で立ち上がる。
「麗しい女性の仰せとあらば、断るわけにはいきませんね」
右手を左胸に添え、優雅に礼をとった。
彼方此方で囃し立てる声や指笛が鳴る。
ハルキは顔を上げ、苦笑して見守っていたマスターに向き直る。
「マスター、アレは楽器ですか?」
ハルキが差した先に在ったのは、木で出来た四角い箱だった。
マスターは眉を上げ、直に頷いた。
「そうだよ。オルガノと言ってね。お貴族様のリヴェラを簡易化した楽器だよ。ウチの爺さんが零落貴族の出だったんだ。アレはその名残でね」
「使っても?」
「弾けるなら構わんよ。埃を被ってるだけなら、使ってやってくれ」
ハルキはそれに近付き、蓋を開く。
それは、形も作りもハルキの見知った楽器と同じものだった。それを嬉しく感じながら、鍵盤を押す。音階も同じものだ。
椅子を引き座るハルキに、客は好奇心の眼を向けていた。
まずは定番。ハルキが弾いたのは、猫の曲だ。それから、何曲か続け、歌を交えて弾いたりもした。
小一時間ほど引き続け、ハルキの即興リサイタルは評判のうちに幕を閉じた。途中、音に誘われて入ってきた人間もいて、店内は満員御礼だ。
ハルキが元の席に着くと、周りに座っていた客たちが話しかけてきて、ハルキはそれをにこやかにやり過ごす。
「どうぞ」
マスターが差し出されたのは、色々な料理が載った皿とお酒。
ハルキがマスターを見る。
「サービスだ。良い物を聞かせてもらったよ。何より、今日はお客さんのお陰で稼がせてもらえるからね」
マスターは店内を見て、悪戯っ子のように笑う。
「では、在り難く」
ハルキはマスターの申し出を素直に受け、料理を食べ始めた。
「よぉ、兄弟!イヤー、よかったぜぇ。おら、飲め」
突然ハルキの肩に凭れかかってきたのは、先ほどの酔っ払い、マードックだった。
「マードックさん!でも、ホントすごかったっす」
マードックを諫めつつ、ロイがキラキラと眼を輝かせて誉めそやす。
「ありがとう」
礼を言ったハルキの腕を、マードックが掴んで引張った。
「オラ!こっち来い。飲みなおすぞぉ」
慌てるロイと傍若無人なマードックに苦笑しつつ、ハルキは引張られるまま付いて行く。
「いらっしゃい。待ってたわよ、吟遊詩人さん」
マードックたちの席に連れて行かれ、女がハルキを隣の席に促す。
「お邪魔します。と言っても、ボクも人を待ってるので、暫くの間だけですが」
席に着くなり、釘を刺しておいて、ハルキはテーブルを囲む人間を見渡す。
ロイとマードックを除き、美女と40代位の隻眼の剣士と20代後半の少し細身の青年だ。
「紹介するわね。私は、マリア。こっちの無愛想なおじさんは、マイケル。その優男はリックよ」
マイケルは目線だけで頷き、リックは手をさしながら軽く挨拶を交わす。
「ボクはシュンです。皆さんは、冒険者ですか?」
本名や愛称を言うわけにはいかないハルキは、読みを変えて名乗る。
「そぉだぜ」
マードックが上機嫌に身を乗り出して応える。
「ずっと、シュヴァイツに?」
「いえ、大陸中を定期的に。今は、骨休め。シュヴァイツはここ3ジューンほどっすよ」
「へぇ。如何ですか?シュヴァイツは。今何かと大変みたいですが」
「ナァンだ、オメェ。シュヴァイツは初めてなのか?」
「えぇ。旅を始めたばかりで、シュバイツに入ったのはまだ1ジューン前ですからね。これから首都のほうへ向おうと思ってるのですが、色々物騒になってきてると聞くので、よろしければご教授願えますか」
煽てつつ、ハルキはマードックに尋ねる。
「ご教授って、やぁめろよ。まぁ、特別に教えてやろぉ」
照れなからも、マードックは酒を煽る。
「今、帝都は結構緊迫してるぜ。平民とかはそうでもねぇけどよ、空気が緊迫した感じだな」
マードックが少し声を低くして話すのに、ロイが頷く。
「シューツァンとの開戦も噂んなってるっすけど、帝都のほうは皇帝の後継者問題で、上が荒れてるみたいっすからね。崩玉も噂されてるくらいっすよ。空気が暗い暗い」
「そうなんですか!?皇帝は其処までお悪いんですか」
「憶測でしか在りませんがね。城下で噂になっていたくらいでありますから。長くはないのではないでしょうか。そんな時期に、皇太子殿下が国境のグランディルへ視察へ行かれたので、城下は益々開戦を危惧しているのであります」
リックが詳しく補足する。
「へぇ。じゃ、ボクのような他所者が行ったら、爪弾きにあいますかねぇ」
グラスに口をつけながら、ハルキが軽い口調で零せば、マリアが笑みながら賛同する。
「そうね。特に、シュンは怪しいから。なんなら、如何?転職して、私たちと来ない?」
「ソォダ、そぉだ。兄弟、一緒に来い!だいったい、おめぇ、その仮面!怪しすぎんぞぉ!取れ!取っちまえ!」
「ちょっ!マードックさん、失礼っすよ」
再び絡んでくるマードックに、ロイが押さえ込む。
「そうよ、マードック。シュンにはシュンの身の上ってものがあるんだから、口を出すのはやめなさい」
マリアの諫めに、マードックはうッスと返事をして黙る。
「そんな大層なことじゃないんで、気にしないで下さい。ただ、人様に見せられるような顔じゃないってだけなんで」
フォローを入れるハルキに、マイケルが無言で酒を突き出した。
驚きに眼を見開いたハルキは、苦笑してグラスを差し出す。
「それにしても、この辺りでも何かあったんですか?」
ハルキは周囲を見回し、少し声を下げてマリアに尋ねる。
「何故かしら?」
マリアは意外そうな顔をして、首を傾げた。その拍子に、長い髪がサラリと頬に流れる。
「街道でもですが、街に入ってからも辺境警備兵や傭兵が殺気立ってますから。大きな野盗集団でも出たのかと」
「そうね。あの空気はね」
マリアは頬に手を当てて苦笑する。その後を、ロイが接ぐ。
「違うッスよ。此処だけの話っすけど、どうも数日前に、ここいらでどっかのお偉いさんが襲われたらしくて。今その襲撃犯が、ジュノーブに逃げ込んでるらしいんっす」
「へぇ。どうりで」
「今、ここらはシューツァンとのこともありますゆえ、国境付近の街には傭兵が増えておりますからね。そういった者たちまでも、意気込んでいるのであります」
頷いて聞いていたハルキは、ふいに顔を出入り口に向けた。
それに気付いたマリアとリックがそちらへ視線を向ければ、丁度扉が開き、二人の男が入ってくるところだった。
それに反応するように、ハルキは立ち上がる。
「どうやら、待ち人が来たようです。貴重なお話、ありがとうございました。楽しかったです」
マリアたちに挨拶すれば、マリアはハルキと握手しながら、妖しい笑みを唇に乗せ笑む。
「私も楽しかったわ。困った事があったら、ギルドの伝言板で何時でも相談してね。シュン」
楽しそうに笑うその眼を見ながら、ハルキも口角を挙げ、その手の甲に口付ける。
「頼もしい限りです、レディ・マリアンヌ」
ハルキの口にしたその字に、マリア以外の者が息を呑む。
それを眼の端に捕らえながら、ハルキはテーブルを後にした。
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「なかなか喰えないお嬢ちゃんだのぉ」
それまで黙っていたマイケルが、口を開く。それに応えるように、ハルキの背を見詰ながら微笑むマリアは、笑みを深くして頷いた。
「えぇ、そうね」
「ん?マイク、アイツは男だぞ」
マードックがマイケルに訂正を入れれば、マイケルは黙すだけで何も言わない。
マリアも笑っているだけで、特に何も言わずに二人の男と出て行くハルキを最後まで見送った。
レディ・マリアンヌ。冒険者の中でも数少ないSクラス唯一の女剣士。マリアンヌ・ラズヴェ・マリアルその人は、面白い同業者の言動を振り返り、一同を見渡した。
「もう暫く、この国にいることにするわ。リック、もっと情報を集めておいて」
何時になく上機嫌なマリアに、マイケル達は了承の返事を口にした。




