十九話 二つの思惑
何方かは存じませんが、評価頂きありがとうございます。
しかも満点、嬉しいです。これを励みに、生きていきます(大げさな)。
冗談はさて置き、気に入っていただけて何より。完結できるよう頑張ろうとは思ってます。
応援よろしく(・v<)/★
「遅いぞ、ザック」
不機嫌そうに文句を言ったのは、青い髪と琥珀色の眼をした少年だった。
「ごめんごめん。ちょっと気になる人がいてね」
ザックと呼ばれた萌黄色の眼の青年――カイザックは、悪びれずに弁解する。
「そんな事を言っている場合か!団長からの連絡だ」
後半は声を潜め、周囲に気を配りながら告げる。
「団長から?何か動きがあったのかな」
僅かな驚きと嫌な予感に表情を引き締め、カイザックは先を促す。
「継承式が2ジューン後になるそうだ」
「っ!?」
カイザックは息を呑み、声を殺す。
「殿下の捜索を急げ。と伝令だ」
「・・・・やはり、ジュノーブ内を捜索できないのが痛いな」
カイザックの呟きに、士官時代から馴染みのシンは、友人である同僚が何を考えているのか分かり、渋面する。
「無理だ。我等が探せば、あちらに勘付かれる恐れが高くなる」
「僕たちが探せば、だろ?」
意味深なカイザックの言葉に、シンは皺を深くする。
「何を考えている?」
「あちらに勘付かれない人間なら、問題はないんじゃないかなと思ってね」
「ザック!貴様、緘口令に叛く気か?」
仕官時代から何かと規律を破っていたのは知っているが、今回の件に関しては団長たる者の命令は絶対だ。
シンが殺気に似た怒気を含ませて問い詰める。
「まさか。でも、このまま手を拱いては後手に回るだけだと思わないかい?あの方の素上を伏せて、こちら側にいない人物に協力を仰ぐほかないんじゃないかな?」
最もな意見だが、シンたちにそれを決める決定権はない。
「だとしても、それなりの腕のあるものでなければ、命さえ危うい。何より、身元のはっきりしない者にあの方を頼むなど・・・できん」
「僕だって、死ぬほどイヤに決まってる」
吐き捨てるように吐露した気持ちは、カイザックの本音だ。
だが、既に7日が過ぎようとしているにも拘らず、この街で待機し続けるしかないのだ。忍耐がそろそろ限界に来ていた。追い討ちを掛ける様に齎された凶報は、カイザックの考えていた行動を後押しした。
「・・・・宛はあるのか?」
「一人。見るからに怪しいんだけど、何処となく頼れそうな人がね」
その人物をカイザックが見つけたのは、東門だった。見るからに怪しすぎる容姿であるにも拘わるず、周囲の視線をものともせず、たった数時間でその異様な風体を街の風景に同化させてしまった吟遊詩人。
隙だらけで、一見腕は立たなそうだったが、何かが気になった。
後をつけて、考えを改めた。身のこなしが、普通に見えて一切の無駄がないのだ。間者か刺客かと警戒したが、カイザックの勘がそれを否定した。
カイザックは昔から、不思議と人を見る眼があった。その勘は、十中八九当る。それを買われて、今この若さで近衛騎士第一団副師団長補佐と言う重要ポストに就いているのは、周知の事実だった。
シンは暫くカイザックの目を真直ぐ捉え、推し量るように見詰た。
カイザックの言いたい事は分かるが、今回ばかりは下手を打てないのだ。
沈黙を破ったのは、シンだった。疲れたように息を吐き、口を開く。
「ルイス団長に、相談しよう。我もその者を見ないことには、何とも言えん」
「あぁ」
カイザックも、元より自分たちの判断できることではないと分かっていたので、短く返した。
*****
リディアの宿屋の一室。ハルキは窓辺にあるベッドに腰かけ、開けた窓から見える満月になろうとしている赤の月を見上げていた。
風が頬を撫ぜるのに、うっそりと微笑む。
「ビンゴ~」
楽しそうに一人ごちて、ハルキは何もない宙に手を翳した。
持ち上がった手に、微弱な風が吹き、その意を汲んだように風が外へ流れる。
「フォン、無事?」
誰もいない部屋に投げかけ問は、風に乗って流れる。
****
リディアから程なく離れた森で、アルフォンは陽が暮れるまでに野営に良さそうな場所を探し、準備を始めていた。
野営の経験は一応遠征訓練であったが、総て一人でというのは初めてで、川で魚を獲り焼くと言った、極々シンプルな夕食にあり付いていた。
何とかひと段落して、空を見上げていると、不意に髪を風が揺らす。次いで、この場にはいないが、一日中頭を離れなかった人物の声が鼓膜を擽った。
『フォン、無事?』
思わずその姿を探す。
『フォン?聞こえてないの?』
再び耳元で声が聞こえ、風霊による風話だと気付く。同時に、姿が見えない分、ハルキの声を意識してしまい、心なしか何時もより近く聞こえる声に、熱くなる頬を隠すように片手で口元を覆った。
『おい、聞いてんのか。誑し』
「誰が誑しだ」
不機嫌な声で貶すハルキに、アルフォンは空かさず反論する。
『聞こえてるなら、さっさと返事をしろ』
「悪かった」
たった数日前に出会った人物の存在の大きさを思い知らされたようで、声を聴いただけで浮き立ってしまう心に、自嘲した。
大きく息を吐き、思考を切り替える。
「で、そっちの首尾は如何だ?」
『今のところ当初の計画通り』
姿が見えない分、相手の声の抑揚で気分が分かる。
今は、先ほどより機嫌が回復しているようだ。
「良くその格好で、兵に捕まらなかったな」
ハルキの仮面姿を思い出し、改めに不思議に思いながら、アルフォンは首を捻った。
『こういうのはね、掴みが大切。ファーストコンタクトは重要なコミュニケーションの第一歩さ』
「“ふぁーすとこんたくと”?“こみゅにけーしょん”??」
意味不明の単語に、アルフォンは聞き返す。
『あぁ。え~と、人との初対面は対人関係の第一歩ってこと』
「だが、その格好では、対人関係も何もないだろう」
『もう、なんでもいいんじゃないの。それより、聞いてなかったけどさ』
投げやりに話を切り上げ、ハルキは次の話題に移る。
ハルキから質問したいと言う珍事に、アルフォンは意外に思うと同時に、違和感を覚えた。
『フォンを探すとしたら、こちら側につく陣営は、何処の組織?』
「何故、それを聞く?」
『よくよく考えたら。私、どんなのが敵か味方か分かんないと、警戒も何も出来ないじゃん?調べれば誰でも分かる範囲で、教えてもらえとくと在り難い』
最もな理由ではあった故に、アルフォンは少し考え答えを口にした。
「俺の陣営だとすれば、近衛騎士第一団か、さる方の私兵、後は帝国軍第一第二部隊と言った所か。だが、この二軍はおそらく動かない。近衛も自由には動けないだろうな」
『・・・・・そう』
ハルキは思案するような少し黙り、短く返す。
「何を考えている?」
『ん~。随分不利だなぁと』
「不安になったか?」
ぼやく様な覇気のない声に、アルフォンは内面を隠し茶化すように問う。
不安になって当たり前だ。アルフォンの動かせる人員は少なく、今現在は圧倒的に不利な立場にあるのだ。
此処で逃げられても、アルフォンはハルキを恨まないだろう。
『いや。それなりにやる気にはなったかな』
意外な言葉に、アルフォンは眼を見開く。
「ほぉ」
漏れた声に喜色が含まれていることに、アルフォンは気付かない。その顔に、笑みが浮かんでいることにも。
『そろそろか。じゃ、私夕飯食べてくる。夜冷えるから、風邪ひかないようにね。おやすみ』
言うだけ言って、ハルキは会話を打ち切った。
返事を待たず一方的に風話を切られ、アルフォンがハルキの最後の台詞に抱いた疑問は、言葉にする前に消えた。