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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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十七話 女の影


 下準備を終え、二人はリディアに向って歩き出した。

 街道は見えたが、それを行かず森を通る。


「あ!そうなると私ギルドでお金下ろせないな」


 リディアには言ってからの行動を考えていたハルキは、致命的な見落としに気付いた。


「何でだ?」


「証言させる以上、街の中での行動は調べられる」


「まぁ、そうなるだろうな」


「と言うことは、ギルドで証章を使ってお金を下ろせば、私の素性がばれる」

 

 ギルドは、その証章が個人IDの役割を持ち。お金を持ち運ばない冒険者は、口座を作る事が出来、依頼の褒賞や賞金などを預け入れる事が出来る。

 ハルキの口座からお金を下ろせば、ギルドに登録している個人情報で素性が知られる。

 素性と言えど、ハルキの個人情報は、住所不定、所在地なし、生国不明と、殆どが白紙だが、名前と年齢と性別と見た目の特徴は記載されている。

 アルフォンと行動を共にする以上、素性をばれる訳にはかない。よって、ギルドの口座は使えないのだ。


「どうするかな」


 悩むハルキに、アルフォンは暫し逡巡(しゅんじゅん)し、服を探り始める。

 (たもと)やポケットを探って、目的のものを見つけると、それを取り出した。


「これを売れ」


 そう言って不思議そうに見詰るハルキの前に、掌に持っている物が差し出される。

 受け取ったそれは、首にかけられる小さな袋。開けても良いのか目で問うと、頷きが返り迷わず袋の口を開け、逆さにする。

 出てきたのは、大きな蒼い石がはめ込んであるリングだった。アルフォンに不似合いなそれを、ハルキは暫く検分する。


「これ、何?」


 石を指し問うハルキに、アルフォンが答えた。


「精霊石だ。それは、水の加護を享けると言われている」


「へー」


「と言っても、水霊が蒼い石を好むと言われているから、そう呼ぶに過ぎないがな。石自体はただの宝石だ」


 ただの宝石と言える価値観に、ハルキは初めてアルフォンが皇族(=金持ち)なのだと実感した。


「つまり、これは本当に精霊の加護があるわけじゃないの?」


「あぁ。お守りとして持つ石を、精霊石と呼んでるだけだ。赤は火、青は水、茶色は土、緑は木、金は雷、白は光、黒は闇の精霊が好むとされ、その加護を得ようと何れかの色の宝石を守りにする。迷信だがな」


「ふーん」


 迷信だと言い切るアルフォンが、石の付いた指輪を持っていることに違和感を感じ、ハルキは鎌をかける。


「でも、いいの?せっかく貰ったもの売っちゃって」


「構わない・・・・・何故貰ったと分かる?」


 答えて、アルフォンはハルキの言葉を反駁(はんばく)し、浮かんだ疑問を口にした。

 

「そりゃね。迷信だと言っておきながら、フォンの性格で自分から持つとは思えない。しかも、指輪。こっちの世界ではどうか知らないけど、身に着ける物を贈りたいってのは、何処の世界でも似たり寄ったりだと思うから、ずばり贈り主は女性と見た」


 ニヤリと笑いながら、アルフォンに指を差すその要らぬ読みの正しさに、思わず顔を逸らした。

 そこで、自分の失態とハルキの余りにも働く勘の良さに、内心で盛大な舌打ちをする。


「・・・元々、不要な物だ。売って金にした方がましだ」


「失礼な男だな。人の好意と熱意を不要とは。ちゃんと持ってたってことは、それなりに思ってる娘じゃないの?」


「違う!」


 からかいを楽しんで言った言葉に、思わぬ即答と強い否定が返って、ハルキは目を見開く。


「それは、出立前に無理やり押し付けられた物だ。捨て忘れただけで、別に俺は――」


「ぷっ。アハハハ」


 アルフォンが皆まで言う前に、ハルキは我慢しきれず笑い出した。


「クックックッ。ふっ。フォ、フォンが焦ってるの始めて見る。しかもそれが、女性関係のことでってのが笑える。クックックッ」


「オイ」


 止まらない笑いに、低い呼びかけが懸かる。


「笑うな」


 憮然とした声に、ハルキは笑いをかみ殺した。


「・・・・まぁ、モテて結構なことじゃない。大方『私の代わりに、お持ちください』的なこと言われて渡されたんでしょ。もしくは、『旅先でもこれを見て、私のことを思い出されてくださいね』って感じ?」


 ハルキの言葉に、アルフォンは驚きを示した。その表情に、ハルキは再び込み上げた笑いに、顔を背け肩を震わせる。


「お前、見てたのか?」


 ハルキに言われた台詞は、(ことごと)く当っていた。婚約者候補の一人が、頼みもしないのに押しかけてきて、正にその通りの台詞を吐いて押し付けて行ったのだ。

 ハルキに出会う前の出来事にも拘らず、ここまで言い当てられてしまうと、本気で見られていたとしか思えず、アルフォンは半眼でハルキを見る。

 アルフォンの言葉で、ハルキは我慢できずブッと噴いてしまった。


「そ、そんなわけないじゃん」


 収まらない笑いが落ち着くのを待って、涙目になってしまった目元を拭い、ハルキは自分の考えを話した。


「この石、大きいでしょ」


 持っていたリングを差しながら、確認を取る。


「そうか?小ぶりな方だと思うが」


 胡乱な目で見ながら、アルフォンはとりあえずハルキの話に乗ってみる。


「ま、お宅の価値観で言ったら小さいかもしれないけど、指輪にしては大きい。しかもこれは、装身具でお守り。常に肌身離さず持つ物だ」


「それが何故、これが贈り物で贈り主が女だと言うことや、その女が言った言葉が分かるんだ」


「装飾品を贈るのは、好意と独占欲の表れ。貴方は男、と言うことは相手は女性だ。しかも、これほど大きい宝石。自己顕示欲も相当に強いと見た。お金持ちのご令嬢。相当、気がお強いだろうな」


 愉快そうに言うハルキのことごとくが、アルフォンの認識する女の特徴に当てはまった。


「で、そう言う女の言いそうなことが、さっき言ったようなことな訳」


「・・・・随分女の機微に詳しいんだな」


「そりゃあね。私も一応女の端くれだし。フォンは鈍そうだよね。扱いには長けてそうだけど」


「・・・・・・・・・・」


 その通りで最早何も言えない。ここまで来ると、その推察と洞察力の良さに恐ろしさを感じる。

 指輪一つで、会ったこともない人間の言動を言い当て、更に性格まで分析されては、絶句するほかない。

 アルフォンが今までにないほど、ハルキに空恐ろしさを感じた瞬間だった。


「これ本当に売っていいの?」


「あ、あぁ。好きにしてくれ」


 ハルキがアルフォンに確認を取ると、何故か若干距離を置かれ頬を引きつらせるアルフォンが頷いた。



「?そう。じゃ、遠慮なく」


 ハルキは指輪を袋に戻し、ポケットに入れる。


「今日の閉門には間に合わないだろうから、明日戻る」


「そうだな。俺はリディアから一番近い森で待つ」


「了解。街道真直ぐ行けばつくの?」


「あぁ」


「それじゃあ、ここら辺で。伊嵯早(いざはや)、この者の盾となり、矛となれ。風よ、絶対の繭となれ」


 ハルキが宙に向って命じれば、それに応えるように風がハルキたちを中心に一瞬渦を巻く。

 それを見て頷くと、ハルキは紫狼に近寄った。


「紫狼、行って来る。良い子にしてるんだよ」


 鼻先に唇を落し、首を掻いた。

 それを面白くなさそうに見ていたアルフォンは、その心のままに眉間に皺を寄せていた。

 ハルキがアルフォンに向き直ると、何処か憮然とした顔で睨まれ、ハルキは内心首を傾げつつ言葉を接いだ。


「紫狼と風の防御を就けて置く。何かあったら、風霊に声を運ばせてくれればいい」


「分かった」


 不機嫌そうな声に、何がアルフォンの機嫌を損ねたのか分からないまでも、ハルキは放っておいて話を続けることにする。


「?それと、何かフォンの所持品って分かるものある?」


「何故?」


「貴方を探してる側の人間が、敵ばかりではないはずだから。目印になればね」


 アルフォンは僅かに考え、初めに着ていたマントの留具を千切り、ハルキに渡した。


「俺の身近な者ならば、直ぐ分かるはずだ。それも純金だ。売っても問題ないぞ」


「へぇ。流石、気前良いね。分かった。じゃ、見つかんないようにね」


 そのまま背を向けようとするハルキの腕を、アルフォンが掴んだ。


「?まだ何かある?」


「・・・・・・それだけか?」


「は?」


 アルフォンの言いたい事が分からず、ハルキは思いっきり首を捻る。


「だから、それだけか」


「・・・・・・・・・ごめん。意味が分からない。私に、何を期待してるの?」


「・・・・・・・・・・ハァ」


 仮面越しでも、本気で理解できず困惑していると分かるハルキを暫く見下ろして、アルフォンは諦めたように大きく溜息をついた。


「あのさ。言いたいことは、はっきり――」


 そこまで言って、狭い視界に映っていたアルフォンの顔が近付いてきた。

 目元を覆う仮面の下、(さら)されている右頬に、熱を感じる。触れたのは一瞬。呆然とするハルキの視界に、遠ざかっていく美麗な顔を見て、ハルキは掴まれていない方の手で頬を押えた。


「なっ!」


 瞬時に理解して、顔を赤らめるハルキが見上げた先には、したり顔で艶冶(えんや)に微笑むアルフォンがいた。


「お前も、気をつけろよ」


 艶を含み笑うアルフォンに掴まった腕を振り払い、ハルキは何か言おうと口を開閉するも、言葉が出ない。

 狼狽するハルキに満足したのか、アルフォンは背を向けて手を振りながら、森に消えていった。


「クッソ。セクハラフォンめ。油断した」


 アルフォンが見えなくなり、正気に戻ったハルキは消えた茂みに向って口惜しげに悪態をついて歯噛みした。



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