十六話 策略
森に朝陽が差し込みだす前、ハルキとアルフォンは仕度に取り掛かった。
昨夜の襲撃者は、少し明るい中で見れば矢張り野盗の類らしく、刃に仕込んだ薬で眠ったままだった。
ハルキは風霊に頼み、一箇所に集めてもらい野盗の持ち物を確認しだす。
「何をしている?」
「持ち物検査。何か使えそうなものは、在り難く提供していただこうかと」
「・・・・・・・・・・・お前、本当に逞しいな」
強奪者から強奪しようと言うハルキの雑草魂に、アルフォンはある意味感服した。
「え~、褒めても何もでないよ、フォン」
「褒めてない」
何処かずれた遣り取りをしつつ、ハルキは立ち上がる。
「チッ。時化てんな。何もないじゃん」
「・・・・・」
アルフォンは沈黙を保ち、遠くを見やる。
「フォン、ここからリディアまでどれくらい?」
振り返ったハルキは、アルフォンを見上げて問う。
「ここからなら、赤の新月までには着く」
「街道までは?」
「3時間程度で出ると思うが」
「りょーかい」
再び襲撃者に向き直り、ハルキは口を開いた。
「これ縛って、運んでくれる」
それに答えるように、地から蔦が生え急激に伸びたかと思うと、野盗を縛り上げた。
次いで、意識のない12人の人間の体が、宙に浮かぶ。
流石に異様過ぎる光景に、アルフォンは驚きに一歩退く。
「じゃ、行こうか」
規格外と聞いてはいても、風霊を使い物をどころか人間を浮かすほどの力に、アルフォンは呆然と後に続いた。
***
街道が見えたところで、ハルキは立ち止まり、アルフォンもそれに倣い歩を止めた。
「この辺りでいいかな」
街道からは見え難い藪の中、ハルキは宙に浮いていたものを下ろした。
「お前はつくづく規格外だな」
疲れたようなアルフォンの感想に、ハルキは首を傾げるだけだった。
「目を覚まさせるから。フォン、フードはまだ被らないでね。騎士服ちゃんと見えるようにしといて」
ゴソゴソと荷物を探りながら、アルフォンに指示を出す。やがて目的のものを見つけ出したのか、それを装着した。
取り出したのは目覚めた夜に被っていた仮面だ。
ハルキの意図に気付いたアルフォンは、二度目となるその格好に口角を上げた。
プラチナ、紅眼の騎士の同行者は、仮面を被った吟遊詩人。印象に残りやすく、目立ちやすい。そして、完璧に顔も隠せるその格好は、装いを解けば分からなくなる。
一石二鳥の小道具だ。
相変わらずの頭の回転の速さに、アルフォンは感心した。
「紫狼は、離れて待て」
ハルキの命令に、紫狼は大人しく従う。
「んじゃ、始めますか」
そう言って指を鳴らすと、数名の男達が呻きだす。
「ウッ」
「ん・・・な、何だこれは!?」
それを皮切りに、目を開けた男たちは把握できていない状況に騒ぎ出そうとした。が、騒ぎが大きくなる前にその眼前にキラリと閃くものが突きつけられた。
「ひぃっ!」
男の一人の首に宛がわれた物は、ハルキが抜刀した剣だ。
その無機質な冷たさに、剣を突きつけられた男は短く息を呑む。他の者も、緊張に固まった。
「一つ。お前たちは何者だ」
ハルキが口を開く。答えようとしない男に、突きつけた剣を僅かに引けば、首筋に血が滲む。
「お、俺たちは、その、ただ森を通りかかった旅――」
最後まで言い切る前に、ハルキの剣が一閃する。横一線に、皮一枚が斬られた。
「その無駄に回る口、よほど要らんと見える。なんなら、二度と喋れぬ様にしても構わないが?」
殺気がないだけに、その一本調子の声音が余計に恐ろしい。
「い、命だけは。お、俺たちはこの辺りで、その」
「言い訳はいい。答えろ。何故我等を狙った?」
「そ、の。金目のもんを、持ってないかと」
ハルキは仮面の下で男たちを観察しながら、ゆっくりと剣を下ろした。
あからさまにホッとする男に、唇だけで笑みを作り、今度は別の男に剣の平で顎を上げさせる。
「ひっ」
見上げた先の顔を見たのだろう。違った意味で悲鳴を飲む男を見下ろし、ハルキは口を開く。
「我等を見た事は忘れろ。次はない、確り改心しろよ」
ハルキの言葉に数人の男たちが、ハルキと背後に立つアルフォンに目をやる。
背後の木に凭れてハルキたちを見ていたアルフォンは、その目線で、ハルキが態々口にした理由を悟る。
男たちが目覚めてから、無表情で見物していたアルフォンは、言動の変わったハルキに正直驚いていた。
そして、ハルキの敷いた布石とその綿密さに、感心していた。
元来の得物でなく剣を使ったのは、夜闇の中でナイフを見られた可能性が低く、ハルキの武器が剣であると思わせ、自身の得物を隠せるためだろう。
口調を変えたのは、性別を分からなくさせるためと言ったところか。背丈は見上げている側には分かり難い。上手くすれば、男二人連れだと思わせる事が出来る。
態々男たちの意図を聞いたのは、敵方の人間か調べるため。そして、ハルキが剣を突きつけた男を変えたところ見ると、アルフォンと同じ見当をつけたのだと分かる。
ハルキが襲撃理由を聞き、最初の男が理由を口にしたとき、一人違った反応を示した男がいた。それが、ハルキが次に剣を突きつけた男だった。
反応を見る限りでは、この男たちが皆そうかは分からないが。あの男は恐らく、敵の子飼いと見た。
そして、業と顔を上げさせ、その仮面を印象付け、最後に“忘れろ”と言うことで、アルフォンにも注目を向けさせると言う周到さ。
アルフォンは、男たちを再び眠らせているハルキの背を見ながら、その計算高さと手馴れて見える様子に、味方である安堵と僅かな猜疑心を抱いた。
「何?」
振り向いた先に、凝視する目と合い、ハルキは小首を傾げる
「いや。手馴れてるな」
「そう?こんなことしたの始めてだけど」
肩をすくめるハルキに、アルフォンも口だけで笑みを作る。
「そうか?随分堂に入っていたが」
「て言うか、こんな物騒なこと手馴れてるって言われても、嬉しくない」
ハルキは苦り切った声で、アルフォンに軽く文句を言った。
「これで2~3日は目を覚まさないし。リディアに入って警吏の兵に通報すれば、大丈夫かな」
一仕事を終えたというようなハルキに、アルフォンも頷きで答えた。