十三話 襲撃
一日歩き続け、陽が暮れる前にアルフォンたちは野宿の仕度を始めた。
高い茂みに囲まれた場所で、夕食の準備に取り掛かるハルキを、アルフォンは少し離れた場所で眺める。
始めは手伝おうと申し出たアルフォンだったが、明らかに慣れていない様子に、ハルキはやんわりと断った。
「普通ならまだ安静にしてたほうがいいんだから、邪魔しないで」
若干本音が混じってしまってはいたが、事実アルフォンの怪我は見た目は塞がったが、まだ完治には至っていない。
歩くだけと言えど、体調も体力も戻っていないアルフォンを気遣い、進むスピードは普段のアルフォンにすれば遅い行程だった。無意識に逸る心のままに足早になれば、ハルキが注意し、きちんと休憩も取らせた。
「急ぐなら急ぐで、紫狼に乗れ。熱でも出されたら、返って時間喰わされることになるって分かってる?」
と何時もの辛口で、アルフォンを諫め、宥めすかしながら進んだ。
遅いと言っても、順調に来ているため、このまま行けば明日にはリディアに到着する。
「水ちょうだい」
鍋を持ってそう言えば、水霊が鍋いっぱいの水を出す。
次いで、薪を組み当たり前のように「火」と言えば、火が衝く。その様子を見ながら、アルフォンは改めてハルキの力の異様さに驚いた。
精霊は本来霊力のある者が、呪文を唱えるか術式を書くかして、力を顕現する。
精霊との主従契約によってその力を自在に行使出来るようになる者もいるが、それは相当に力がある者がその命を削って出来ることであり、ハルキのように詠唱なく複数の精霊の力を使う者など聞いたことが無い。
仕度が整い、アルフォンとハルキは其々背を木に預け焚き火を囲む。
夕食が出来上がり、漸く落ち着いたハルキは、アルフォンの視線に気付いて、首を傾げる。目線で促され、アルフォンが思った事を口にする。
「お前は、幾つかの精霊と主従契約を結んでいるのか?」
「いや」
一言で否定されたが、それでも納得できていないアルフォンに、ハルキは夕食を咀嚼しつつ明後日の方を見やり、考える。
「ん~。そうだな。多分、フォンと近いのかな。前言ってた“暁の民”じゃないけど、血で精霊を操ってるのかも?分かんないな」
あやふやな答えに、アルフォンは眉を寄せる。
「分からないのか?」
「呼吸の仕方を教えてくれって言われて、教えられる?」
「・・・・つまり、そのくらい容易いことだと」
「違うな。そのくらい当たり前のこと。まぁ、他の理由もある。が、面倒くさいので割愛します。人前では、それっぽい呪文は使うよ。フォンみたいな面倒なのいるから」
「誰が面倒だ」
「そうやって、根掘り葉掘り知ろうとするでしょ。ま、私が精霊を扱える。その点だけ知っといてもらえればいい。だから、フォンは私の心配はしないで、自分のことだけ考えなさい。精霊も万能ではないから、万一って場合もある。私が傷つくことはあり得ないけど、貴方が傷つくことはなくはない。人間だからね。守りが絶対とは、言わない」
朝方の事を揶揄して言っているのか。そう言われてしまえば、アルフォンがそれ以上の追求はをすることはできない。
が、それが面白くないのも事実、アルフォンは組んだ手にのせた顔に人の悪い笑みを浮かべ、ハルキを挑発するように見る。
「自信があるんじゃなかったのか?随分な啖呵を切っていたと思ったのだが」
意地悪な問に、ハルキは苦笑で流し、次いで視線を険しくアルフォンの背後を見やる。
急変したハルキの空気に、アルフォンも剣に手をかけ背後に気を配る。
――パキッ
僅かに物音を拾い、アルフォンは気を散らすことなく、ハルキに問う。
「辺境警備の?」
「違う。多分、野盗の類じゃないかな」
ハルキの答えに、アルフォンも納得する。
辺境と言えど、それなりに鍛えた兵にしては、余りにも殺気があからさま過ぎる。気配も殺し切れていない。まだ距離はあるが、その気配で12人だと分かる。
「さっき言ったこと、覚えてる?」
応戦体勢に入ろうとするアルフォンを留めるように、ハルキがアルフォンに微笑む。
「?」
アルフォンは何を聞かれているのか分からず、首を傾げた。
「言ったよね、フォンは自分の身の安全だけ考えろって。紫狼、フォンをお願い」
ハルキが呼びかけた刹那、野盗などより上手に気配を殺して近寄っていた紫狼が、アルフォンの傍に佇んでいた。
「何を!」
「絶対安静だっつってんでしょ。フォンはここで見学。ついでに、私の力量を測れる良い機会でしょ」
そう言って、立ち上がり様に外套の下から取り出したナイフを投げる。
「「ぐぅ」」
「ぅわぁ」
暗闇から、幾つかの呻きが上がり、ナイフが命中した事が分かる。
同時に、焚き火の火が掻き消える。
暗転した闇の中、ハルキの声が響く。
「じゃ、紫狼よろしく」
紫狼はそれに、尻尾で答え、立ち上がったアルフォンの前に陣取る。その際、アルフォンの服の端を咥えることを忘れずに。
突然の闇に、アルフォンは紫狼に留められながらも、既に傍に居ないであろうハルキを止めようと、闇に向って叫ぶ。
「ハル、待て」
気配を探すも、それらしい気配がつかめない。
「うっ」
「ぐがぁっ」
「ちくしょっ!どうなって・・・」
何も見えない中、呻きや罵りが聞こえるだけで、何が起こっているのか目視できない。
心配せずとも、ハルキがこの程度の連中にやられることはないと分かってはいても、アルフォンは走り出しそうな己を留めるように、剣の柄を強く握り、眼前の闇を睨み据える。
暫くして、総ての気配が消え、沈黙が訪れた。
時間にすればほんの数分。それが、これ程までに長いと感じたのは初めてだった。
パキッパキッと、地面を踏みしめる音が近付いてきた。
次いで聞こえたのは、相変わらずその場に似つかわしくない声。
「おまたせ~」
数秒前まで、複数人を相手取り戦闘をしていたとは思えない様子で、ハルキが声をかけた。
「・・・・・・」
アルフォンは、言葉さえ出なかった。言いたいことはあった。言ってやりたいことはあったが、それが言葉にならない。柄を握っていた手には、知らず汗をかいていた。
アルフォンが言葉に出来ない思いで固まっていれば、ハルキがアルフォンに何かを投げて寄越す。
「フォン」
気配で察し、それを掴む。見えないまでも、それが何かの布だと分かる。
「何だ?」
「明かりつけるから、一応それ被ってて」
手探りで、それがフードだと知れる。
恐らく、襲撃者のものだろうそれに、アルフォンは複雑なものを感じながら、大人しくそれを被る。
アルフォンがフードを被り終えると、再び周囲が明るくなる。消えた焚き火に、再び火が灯っていた。
「・・・・お前は」
視界に映る、数分前と一部の乱れもない姿で立つ人物に、アルフォンは疲れたように脱力する。
怪我どころか、被っていた帽子さえそのままだ。夢だと言われれば、思わず納得してしまいそうなくらいだ。
「回収は明日でいいや。そろそろ寝ようか」
何でもないことのようにケロリとしているハルキに、アルフォンは米神を押さえ、スゥッと息を吸う。
次の瞬間、米神を押さえていないほうの手が上がり、ガシッとハルキの頭を片手で掴む。
「ちょっ!いたたたたたたた。イタイ、イタイ!ギブッ!ギブだってば」
潰さんばかりの力で掴むアルフォンの腕を、ハルキは両手で剥がしに懸かるが、そこは男の力、ピクリともしない。
「何がギブだ!意味が分からん」
涙が滲んできたハルキの頭上から聞こえてくるのは、地を這うような声。
「お前は、あれほど勝手に動くなと言っただろうが!何を聞いていたんだ?あぁ?」
「ちょ、性格変わってますよ、フォンさん!マジ痛いって!ハゲる!!」
「知るか。で?何でお前は、そう俺の言うことが聞けないのかな?」
必死に抵抗するハルキを、アルフォンは一蹴して言及する。
だが、それに答えが返るより早く、掴んだ人物から緊迫した声が上がった。
「やめろ、傲焔!紫狼!」