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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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十一話 約束

 

 明日からの計画を話し合ったところで、ハルキが眠そうに欠伸(あくび)をした。


「もう遅い。今日は寝よう」


 そう言って、紫狼を枕に寝る体勢に入ったハルキを、アルフォンは黙って見詰めていた。

 ハルキについて、まだ分からないことだらけだ。素性も、真意も分からない。聞いた事もない故郷のことも普通に話すし、質問をすれば大抵のことは返ってくる。

 だが、この世界では何処の国でも身分秩序と言うものはある。貧困の差に関係なく、根本的な血統主義は、生まれたそのときから、どんな家に生まれようと染み付いてしまうものだ。それは、幼い頃から共に育った二人にもあることで、どんなにアルフォンが打ち砕こうとしても、一線を越えられなかったし越えてはくれなかった。それが当たり前で、仕方のないことなのだと諦めてもいた。

 にも拘らず、ハルキはアルフォンが皇族であると打ち明けても、態度を変えようとしない。まるで、平等であるが如く振る舞い、不平も批判も口にする。

 アルフォンのことを考えて行動してくれはするが、それはアルフォンが皇族であるからの媚ではなく、平等契約を交わした者であり、アルフォン自身の立場を考えてのことだと分かる。

 それが、アルフォンには面白くも嬉しくもあった。出来れば、ハルキがアルフォンの正体を知っても、その立ち位置を失いたくはないと思ってしまうほどに。


「ハル」


「ん~」


 眠そうな返事をして、目を開けようともしないお座成りな態度。

 もう随分昔に、憧れ、諦めていたものが、こんな失礼極まりない言動なのだと言えば、恐らくハルキは変な者を見る目で(あわ)れむだろう。

 アルフォンはそれを想像し、僅かに笑みを漏らす。


「すまない。俺は・・・・」


 そこまで言って、アルフォンは歯を食いしばり、きつく目を閉じた。

 今更、何を言おうと言うのか。疑おうとして、疑いきれず。警戒心など、とうに持てずにいた。ハルキの人となりを知るごとに、アルフォンは少しずつ罪悪感と自己嫌悪を覚える。慣れてしまったはずの、苦い鈍い痛みを。

 関係のない一般人を巻き込むには、アルフォンの事情は酷く危険を伴うものだ。命も危ういだろう。

 使える人間は、どんな者でも使い、切り捨ててきた。それが、己の母親だろうと婚約者だろうと、側近だろうと。己の周りにいる人間は、駒でしかなかった。今まで、それに何の感情も動かされることはなかったというのに。

 初めて、己を人として見てくれていると分かる人間に出会った。初めて、己を対等に扱ってくれる者を見つけた。なのに――。


「フォン」


 ハルキの声に、閉じていた目を開ける。


「約束をしよう」

 

 立ち上がり、近付いてきたハルキは、小指を立てた手を差し出してくる。

 アルフォンは何を求められているのか分からず、その手を訝しげに見た。


「同じようにして」


 ハルキの言葉に、同じように小指を立てれば、それに差し出した小指を絡め、立てていた指を折った。


「私の故郷の約束の仕方。必ず力になってあげるから、必ず力になってね。それで、チャラでいい」


 そう言って、笑みを穿いてアルフォンを見るハルキの指を、アルフォンも握り返した。


「あぁ。約束だ」


 絡めた指の温もりに、アルフォンの心は、僅かに軽くなる。

 それを見越したように、ハルキは視線を合わせ静に語り掛ける。


「気に病まなくていい。アルフォン、貴方は貴方のしたいことをすればいい。私も、私のしたいことをしているだけだから。こうしようと決めたのも、決められるのも私の意志でしかない」

 

 それは、アルフォンへの気休めではなく、ハルキの本音だ。喩えアルフォンが脅しをかけたとはいえ、断ろうと思えば幾らでも出来た。係わり合いを断つことなど、ハルキにとって造作もないことだ。それをしなかったのは、アルフォンの身分や脅迫のせいではなく、ハルキ自身が選択した結果だ。


「思い上がらないで、アルフォン。私の人生を決めたのは、私自身だ。貴方ではない」


 突き放したようなきつい物言いに傷つく己に、アルフォンは苦笑する。

 ハルキは、アルフォンがハルキに抱く罪悪感さえ、一蹴してしまう。それは、とても残酷な免罪符(めんざいふ)だった。

 罪悪感や後悔は、思慕や憧憬(どうけい)と同じくらいに、その存在を認めなければ持つことさえないものだ。それだけ、その存在が心にあるという証拠だ。そして、それを否定するハルキに、アルフォンは悔しさを覚えている。

 ハルキはアルフォンを知ろうとしない。何時も、素性を聞くのはアルフォンであって、ハルキからは訊ねることも、興味を示すこともしてはくれない。

 それは、今までアルフォンとてそうだった。他者からどんな感情を抱かれようと、それに関心も持たなかった。

 今ならそれが、どれ程残酷なことなのか、少しだけ理解できる。

 アルフォンは、目の前にある頬に己の手を添える。


「・・・なぁ。俺は、お前に罪悪感も持てないのか?」


 それに、ハルキは綺麗に微笑んで答えた。


「当たり前でしょ」


 ハルキの答えに、アルフォンは眉間に皺を刻む。


「私が後悔していない事を、貴方が悔やんで如何するの?フォン。約束と言うものは、対等な立場と条件に基づいて交わされるもの。私が後悔してないものを、貴方が後悔すると言うことは、私を侮辱しているようなものだよ。貴方は、私と約束をしてくれたんでしょ?」


 頬に添えられた手を払い、逆にアルフォンの両方を包む。(さと)すように、厳しく優しい笑みが、アルフォンを捕らえる。

 その言葉に、とぐろを巻いていた心が軽くなるのを自覚する。同時に、この感情の行方を認めざるを得なかった。

 惹かれている。

 自覚は薄っすらとあった。だが、ありえないと思った。

 出会って間もない、謎だらけの不可思議な人間。対等にある物言いと独特な観点を面白いと思い、知りたいと思った。

 素性が分かれば、また興味のない駒になるのだと。だが、その想いが止まらない。考え方を知って、人間性に触れて、もっと知りたいと思う、知って欲しいと願う。

 アルフォン自身、戸惑いを覚えるほど、気持ちが大きくなる。

 

「ハルキ」


 自覚した、思い知った。だから、止めようと思わない。

 その思いのままに、アルフォンは己の手を延ばす。


「お前は、如何すれば俺を見る?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その手が再び頬に触れる前に、ハルキは動いた。


「寝よう。おやすみ」


 まるで、それまでの遣り取りがなかったが如く、ハルキは素晴らしい速さで紫狼の元へ戻り、その毛皮に顔を埋める。


「・・・・・・・」


 突然の展開に付いて行けず、アルフォンは暫くやり場のない手を空中で停止させ、次いで苦笑をもらす。

 炎の灯りで薄暗くはあるが、アルフォンの見間違え出なければ、ハルキが動く前に見たのは真っ赤に染まる頬。

 思わず、笑いが込み上げる。狸寝入りをしているであろうハルキを思いやり、一応は声を殺して笑う。

 なかなか止まらない笑いが已むより先に、ハルキが切れた。


「いい加減寝ろ!明日早いんだからね、バカ」


 心配するんじゃなかった、と小声で不貞腐れるハルキに、アルフォンは声をかける。


「ハル」


 それを無視して、背を向けるハルキに構わず、アルフォンは言葉を綴る。


「ありがとう」


 数十秒の沈黙ののち、持ち上がった手がヒラヒラと揺れるのを見て、アルフォンも眠りに就いた。

 今はまだ、伝えるべきではない。これからも、言葉に出来るかは分からない思いを胸に、アルフォンは穏やかに目を閉じる。

 


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