一話 怪しい影
完結できるよう努力したいなぁと思ってはいます。せめて、第一部だけでも。
陽が落ちきった暗い森を、男が駆けていた。行く先さえも見えぬ森の中、男は後方を警戒しながら足早に進む。
貴族の騎士のような格好の男は、その手に剣を携えている。それに反し薄汚れた服は、所々破れ野盗に襲われたような様相だ。
荒い息遣いと踏みしめる枯葉の音が木霊する。
「ハァハァ・・・グゥッ」
負傷しているらく、影が膝を着く。息を整えようと、浅く早い呼気が静寂の中響く。
と、あがったままの息を押さえ、右手の暗がりに向かい剣を構え殺気を放つ。
「何者だ」
威嚇しながら闇に向って誰何する。
「光を」
誰何に応えることなく、殺伐とした空気に不釣合いな何処か呑気な声がした次の瞬間、男の周囲が明るくなる。松明のような類の灯りではない。ミニチュアの太陽のような掌大の球体が、男の傍に顕現して辺りを照らしているのだ。
それに、驚きを示し、次に一層の警戒を持って声のした茂みを睨む。
いきなり明るくなったことで目がまだ見えてはいないが、気配でそこにいることは分かる。
アルフォンは、これほどまで近付かれて気配に気付けなかったことに歯噛みする。
警戒していたにも関らず察知できなかったともなれば、敵であろうがなかろうが相当の手練だ。
其の上、最悪なことに相手は術者だと知れる。詠唱が聞こえなかったことからも、辺境に居るとは思えない相当上位の術者だ。
「姿を見せろ」
アルフォンが殺気を増して問う。
段々と目が慣れだし攻撃に移ろうと、アルフォンは剣を構えなおし一歩踏み出そうとしたその時、茂みから黒い塊が出てきた。
出てきた影は、一見すれば吟遊詩人だった。唾の広い帽子を目深に被り、ボロボロのマントで足元まで覆われている。
一層の緊迫感で場の緊張が高まった中、吟遊詩人が口を開いた。
「怪我大丈夫?」
アルフォンの本気の殺気を前に、怯えることなくまともに声が出せる者など無に等しい。
場慣れしている幼馴染か、騎士団長である師ぐらいだ。
怪しすぎる人物に、アルフォンは間合いを詰めるべく数歩前に出る。
相手からの殺気は皆無。一見隙だらけに見える。
「何者だ、応えろ。さもなければ、殺す」
攻撃態勢のまま、アルフォンは怪しい吟遊詩人に警告を送る。
「常識的に考えて、出会い頭に殺気満々の人間に自己紹介すると思う?それ以前に、人に名前聞く時は、まず自分からってお母さんに習わなかった?それとも、こっちの世界じゃそんな常識ないの?」
小首を傾げ全く気負うことない正論に、何処か面白みを感じアルフォンは、思わず笑みを浮かべる。
「それもそうだが、怪しい人間に名を名乗るなとも言われている」
その応えに、益々首を傾げた詩人は、自分のなりを見下ろして納得したように拳で掌を打った。
「なるほど」
声音と背格好から、女、子供のようだと推測できる。
見るものから見れば、草臥れたマントの下に剣を下げていることも見て取れる。
「・・・・・アルだ」
口に笑みを模りながら愛称を名乗ったが、その目は冷酷なほどの光を宿し相手を射ている。
「で、お前は誰だ?」
「それは、名前を聞きたいの?それとも、立場的なものを聞きたいの?」
アルフォンの様相に、何らかを察したであろう問い。だが、その察しの良すぎる質問に、益々の警戒を強くし目線を鋭くする。
「両方、だな」
「そう。名前はハルキ。立場は、あえて言うなら旅人かな」
「ならば去れ。悪いが、それ以上近付くならば斬る」
アルフォンが威嚇するように、ハルキに告げた。
「怪我してるんじゃないの?」
「だったらなんだと?お前には関係ないだろう」
「まぁ、それはそうだけど。この辺り黒狼が出るから、あんまり血の匂いをさせないほうがいい。それに夜だし、これ以上奥に行くと流石に迷うと思うよ」
じゃあね、と背を向けて歩き出す。
「あぁ!行こう」
振り向いて誰にともなく声を掛ければ、光る球体がスーッとハルキの元へ移動した。
立ち去ろうと背を向けた相手に、気丈に振舞っていられたのはそこまでだった。
極度の緊張と疲労と、出血で限界に来ていたアルフォンは、崩れる身体を保つ事が出来ず意識が闇に飲まれる。