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婚約破棄されたので隣国の冷徹公爵に拾われましたが、裏切った元婚約者が今さら泣きついてももう遅いです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/10

「――エレノア・フォルクレイン。お前との婚約は、今日この場をもって破棄する」


 王宮の大広間。


 楽団の音色が止まった瞬間、空気まで凍り付いた。


 私は思わず瞬きをした。


「……はい?」


 いや、本当に意味が分からなかった。


 周囲の貴族達もザワついている。そりゃそうだ。婚約披露夜会で婚約破棄とか、前代未聞だろうし。


 壇上に立つ王太子レオニードは、私を見下ろしながら鼻で笑った。


「白々しいな。お前が騎士団の男と密会していた証拠は上がっている」


「……密会?」


「惚けるな!!」


 怒鳴った瞬間、横から一人の女が現れる。


 赤いドレス。


 ねっとりした笑み。


 王都でも悪名高い男爵令嬢――ミレイア・バルトシュだった。


「エレノア様……私、見てしまったんです。夜の庭園で、殿方と抱き合っているところを……」


「抱き合ってませんけど」


「まあ!! 開き直りですの!?」


「いや、だから抱き合ってませんけど」


 何なんだ、この茶番。


 私は普通に騎士団長と書類確認してただけなんだけど。


 しかもその時、庭園にいた侍女が三人いたはずだ。


「殿下。その話には証人が――」


「黙れ!!」


 レオニードは私の言葉を遮った。


「私はもう、お前のような冷たい女に愛想が尽きた。優しく可憐なミレイアこそ、真の王妃に相応しい」


 は?


 ……は?


 いや待て。


 優しく可憐?


 この女、つい先日も伯爵家の令嬢を階段から突き落としてたけど?


 しかもお前、その女と普通に不倫してたよな?


 知ってるんだけど?


 私は深く息を吐いた。


「殿下。確認しますが、婚約破棄の理由は“私の浮気”ということですか?」


「そうだ」


「では殿下とミレイア嬢の関係は?」


 一瞬、空気が止まる。


 ミレイアの顔が引き攣った。


「な、何のことかしら?」


「三日前、西塔の客間。二人で朝まで過ごしていましたよね?」


「っ……!!」


「ちなみに侍女長が見ています」


 レオニードの顔色が変わった。


「で、デタラメを!!」


「では神殿で誓約しましょうか? 虚偽を述べた側には神罰が下りますけど」


 その瞬間。


 ミレイアが露骨に視線を逸らした。


 あ、終わったなこれ。


 貴族達の視線が一気に二人へ向く。


「まさか……」


「不貞は王太子側か?」


「最低だな……」


 ヒソヒソ声が広がる。


 レオニードは顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「うるさい!! 衛兵!! この女を追い出せ!!」


 ……ああ。


 なるほど。


 そういうこと。


 私は静かに笑った。


「分かりました。では婚約破棄、謹んでお受けします」


「え……?」


 レオニードが固まる。


 多分、泣き縋ると思っていたんだろう。


 残念。


 むしろ清々しい。


「ただし」


 私は広間全体を見渡した。


「本日をもって、フォルクレイン侯爵家は王家への支援を全面停止します」


 場が凍った。


 当然だ。


 フォルクレイン家は国内最大の資金源。


 王家の軍備も外交も、半分以上は我が家の財で成り立っている。


「な……っ!?」


「あと、北部鉱山の契約も終了で」


「待て!!」


「では失礼しますね」


 私はスカートを翻し、そのまま大広間を後にした。


 背後で怒号が飛んでいたけど、知らない。


 もうどうでもいい。


 ……そのはずだった。


 王宮を出た瞬間。


 雨が降り始めた。


「…………」


 情けない。


 本当に。


 平気だと思ってたのに。


 胸が痛い。


 十年間、王妃教育まで受けてきた。


 国のために。


 彼のために。


 全部、全部。


 無駄だったんだな。


「泣くなら傘くらい差せ」


 低い声が降ってきた。


 顔を上げる。


 そこにいたのは、黒い軍服の男だった。


 銀髪。


 鋭い灰色の瞳。


 隣国シュヴァルツ帝国の英雄。


 “氷血公爵”――カイン・ヴァルセリオン。


「……何故ここに」


「外交会談帰りだ。騒ぎが聞こえた」


 彼は無表情のまま、私に傘を差し出した。


「随分と派手に捨てられたらしいな」


「見世物でした?」


「最高に」


「最悪ですね」


 思わず笑ってしまった。


 するとカインは僅かに目を細めた。


「なら、復讐するか?」


「……え?」


「俺は王国が嫌いだ。お前は王太子が嫌いになった。利害は一致する」


 さらっと物騒なこと言ったなこの人。


「ちなみに方法は?」


「簡単だ」


 彼は私の手を取った。


「俺と結婚しろ」


「は?」


「お前を世界一溺愛してやる。その代わり、王国を後悔させる」


 意味が分からない。


 でも。


 その手は、驚くほど温かかった。


 ◇◇◇


 三ヶ月後。


 私はシュヴァルツ帝国公爵夫人となった。


 ……いや展開早すぎない?


 自分でも思う。


 だけどカインは本気だった。


 毎朝、花束。


 毎晩、「愛している」。


 仕事中でも五回は様子を見に来る。


「重くないですか?」


「全然足りん」


「怖い怖い怖い」


 しかも顔がいい。


 頭もいい。


 強い。


 何なんだこの完璧超人。


 一方で王国は悲惨だった。


 フォルクレイン家の支援消失。


 さらにシュヴァルツ帝国との貿易停止。


 経済は崩壊寸前。


 そして――。


「エレノア!! 頼む、話を聞いてくれ!!」


 ある日、元婚約者が屋敷に来た。


 ボロボロの姿で。


 私はソファに座ったまま紅茶を飲む。


「どちら様です?」


「っ……!!」


 レオニードの顔が歪む。


「頼む……!! 戻ってきてくれ!! お前が必要なんだ!!」


「ミレイア嬢は?」


「に、逃げた……金を持って……」


 あー。


 でしょうね。


 あの女、金しか見てなかったし。


「エレノア!! 私は騙されていたんだ!! 本当に愛していたのは――」


「黙れ」


 空気が変わった。


 レオニードが震える。


 カインだった。


 彼は冷たい目でレオニードを見下ろした。


「俺の妻をその汚い口で呼ぶな」


「っ……!!」


「次に泣きつけば、王国ごと潰す」


 静かな声音なのに、殺気が凄い。


 レオニードは顔面蒼白になった。


「ひっ……」


「帰れ」


 たった一言。


 それだけで王太子は転がるように逃げていった。


 扉が閉まる。


 静寂。


 私は小さく息を吐いた。


「……終わりましたね」


「ああ」


 カインは私の隣に座る。


 そして当然のように腰を抱き寄せた。


「エレノア」


「はい?」


「幸せか?」


 私は少しだけ考えて。


 笑った。


「はい。今はとても」


 カインは珍しく優しく笑った。


「ならいい」


 外では雪が降っていた。


 もう二度と、あの日みたいな涙は流さない。


 だって今の私は――。


 世界で一番、愛されているのだから。


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