第六話 三国同盟の影
天文二十一年── 一五五二年。
駿府の空は、春の霞をまといながら、どこか落ち着かぬ気配を漂わせていた。
その日、城中は朝から慌ただしかった。
今川・北条・武田──
三つの大国が手を結ぶという知らせが、
駿府の空気をわずかに震わせていた。
甲相駿三国同盟。
戦国の均衡を変える大きな結び目である。
だが、裏庭に集まった三人の少年は、
その喧騒から遠く離れた静けさの中にいた。
氏真が、庭の石に腰を下ろし、
遠くの空を見つめた。
「父上たちは、国のために同盟を結ぶ。
それは、きっと正しいことなのだろう」
竹千代は、静かに頷いた。
「三国が争わなければ、民も兵も救われます。
……ですが」
言葉を濁した竹千代の横で、氏規が小さく息を吐いた。
「ですが、我らの同盟とは違う」
三人の視線が、自然と重なった。
氏真が、ゆっくりと口を開いた。
「父たちの同盟は、国のため。
だが──
我らの同盟は、心のためだ」
竹千代は、その言葉に深く頷いた。
「家がどう変わろうとも、
国がどう動こうとも、
我らの誓いは揺らがない」
氏規は、少しだけ目を伏せた。
「……でも、いつか、
この同盟が試される日が来るのでしょうか」
その問いは、幼いながらも鋭かった。
三人の胸に、静かな影を落とす。
氏真は、氏規の肩にそっと手を置いた。
「来るだろう。
だが、その時こそ、我らの誓いが力を持つ」
竹千代が、二人の前に立った。
「父たちの同盟がどうあれ、
我らは我らの同盟を守る。
……それが、三人で交わした誓いだ」
氏規は、ゆっくりと顔を上げた。
「はい。
私は、二人を裏切りません」
氏真は、微笑んだ。
「私もだ。
たとえ国が争おうとも、
我らは争わぬ」
三人は、庭の中央に立ち、
そっと手を重ねた。
春の風が吹き、
木々の葉がざわりと揺れた。
その音は、
父たちの大きな同盟とは別に、
三人だけの小さな誓いを包み込むようだった。
──甲相駿三国同盟の影の下で、
三人の“秘密の同盟”は、
むしろ静かに強さを増していった。




