第四話 三人の秘密
駿府の夏は、静かに深まっていた。
庭の木々は濃い緑をまとい、
風が吹くたび、葉の影が地面に揺れた。
その日、三人は城の裏庭にいた。
表の庭よりも人目が少なく、
夏草の匂いが濃く漂う、ひっそりとした場所だった。
氏真が、ふと空を見上げた。
「……暑いな。
だが、この庭は好きだ。
誰も来ぬから」
竹千代は、静かに頷いた。
人質としての生活は、
常に誰かの視線にさらされているようで、
心が休まることは少なかった。
氏規もまた、周囲を気にするように目を動かした。
「私も……こういう場所のほうが落ち着きます。
兄たちの前では、文の話などできませんから」
氏真は、二人の顔を見比べ、
小さく笑った。
「そなたたちは、武よりも文に心が向く。
……私もだ」
竹千代は、少し驚いたように目を瞬いた。
「氏真様も……?」
「そうだ。
父上は武の名将だが、
私はどうにも、武よりも歌や蹴鞠のほうが性に合う」
氏規が、そっと言葉を添えた。
「私も……兄たちのようにはなれません。
刀を握るより、筆を持つほうが落ち着くのです」
竹千代は、二人の言葉を聞きながら、
胸の奥に小さな灯がともるのを感じていた。
「……私もです。
武の道を歩む覚悟はありますが、
心が向くのは、別のところにあります」
三人の間に、
風がそっと吹き抜けた。
その風は、
三人の胸の奥に沈んでいた“言えぬ思い”を、
静かに撫でていくようだった。
氏真が、少し真剣な声で言った。
「武の世に生まれながら、武に向かぬ我らは……
きっと、どこかで苦しむことになるだろう」
竹千代は、ゆっくりと頷いた。
「家のために生きることは、
時に、自分を殺すことでもあります」
氏規は、拳を握りしめた。
「……だからこそ、
誰かが支えてくれれば、きっと生き延びられる」
氏真が、二人を見つめた。
「ならば──
三人で誓わぬか」
竹千代と氏規が、息を呑んだ。
氏真は、夏の光を受けて揺れる木々を見上げながら言った。
「武の世がどう変わろうとも、
家が滅びようとも、
立場が変わろうとも──
互いを見捨てぬと」
その言葉は、
夏の空よりも澄んでいて、
三人の胸に深く沈んだ。
氏規が、震える声で言った。
「……そんな誓いを、
私のような者が結んでよいのでしょうか」
氏真は、静かに微笑んだ。
「そなたが必要なのだ。
竹千代も、私も。
そなたがいてこそ、三つの心が揃う」
竹千代は、氏規の手をそっと取った。
「氏規。
そなたがいてくれれば、私は強くなれる」
氏規の瞳に、光が宿った。
氏真が、二人の手に自分の手を重ねた。
「三人で、生き残ろう。
武の世を、ただ生き延びるために」
三人の手が重なった瞬間、
風が庭を渡り、
夏草がざわりと揺れた。
その音は、
まるで三人の誓いを祝福するかのようだった。
──これが、
誰にも知られぬ「秘密の三国同盟」の始まりだった。




