第十九話 臨終の再会
元和元年──一六一五年、冬。
駿府の空は、薄い雲に覆われ、
どこか遠い昔を思い出させるような静けさを湛えていた。
今川氏真──
かつて駿府の若君と呼ばれた男は、
今や老い、病床に伏していた。
その枕元に、
ひとりの男が訪れた。
徳川家康。
天下人となった男であり、
かつて駿府で共に和歌を学び、
蹴鞠をし、
そして誓いを交わした友。
家康は、静かに部屋へ入った。
老いた氏真は、薄く目を開けた。
「……竹千代……か」
その声は、かすれていたが、
確かに昔の優しさを宿していた。
家康は、そっと膝をついた。
「氏真様。
長い道のりでしたな」
氏真は、微笑んだ。
「そなたは……遠くへ行ったな。
だが……こうして来てくれた」
家康は、ゆっくりと頷いた。
「私は、あなたに会わねばならなかった。
氏規が逝き……
残されたのは、我ら二人だけです」
氏真の目に、静かな光が宿った。
「……あの誓いを……覚えているか」
家康は、迷いなく答えた。
「忘れたことは、一度もない」
氏真は、天井を見つめながら言った。
「生き残ること……
それが、我らの誓いだったな」
家康は、静かに目を閉じた。
「はい。
氏規も……最後までその誓いを守りました」
氏真は、かすかに笑った。
「そなたも……守ったのだろう。
天下を取るという……
重い務めを背負いながら」
家康は、言葉を失った。
天下人としての顔ではなく、
ただの“竹千代”として、
胸の奥が締めつけられた。
氏真は、ゆっくりと家康の手を取った。
「竹千代……
そなたは、強かった。
だが……強さとは、
生き残ることだけではない」
家康は、静かに聞いていた。
「そなたが……
私を見捨てなかったこと。
氏規を救ったこと。
それが……何よりの強さだ」
家康の目に、
わずかな光が揺れた。
氏真は、最後の力を振り絞って言った。
「……三人で……生き残った。
それで……十分だ」
その言葉を残し、
氏真は静かに息を引き取った。
家康は、しばらく動かなかった。
ただ、氏真の手を握り続けていた。
やがて、家康は小さく呟いた。
「氏真様……
氏規……
私は……まだ生きねばならぬ」
その声は、
かつての竹千代のままだった。
──こうして、
三人の誓いの二人目が、静かにこの世を去った。
残されたのは、
ただひとり。




