第十八話 氏規、逝く
慶長五年── 一六〇〇年。
関ヶ原の戦が終わり、
天下は再び大きく動こうとしていた。
その激動の年、
ひとりの男が静かに生涯を閉じた。
北条氏規──
かつての北条三郎、
そして三人の誓いの一角。
河内狭山の館は、
秋の風に包まれていた。
病床の氏規は、
静かに目を閉じていた。
「……兄上……
私は、生き残りました。
だが……それで良かったのでしょうか」
その呟きは、
誰にも聞こえないほど小さかった。
だが、
胸の奥には確かな誇りがあった。
──生き残ること。
それが、三人で交わした誓い。
氏規は、その誓いを守り抜いた。
氏規の訃報は、
駿府に暮らす氏真のもとにも届いた。
氏真は、しばらく言葉を失った。
そして、静かに筆を取った。
『散りし花 なお香を残す 秋の風
友の名のみは 胸に生きたり』
書き終えると、
氏真はそっと目を閉じた。
「氏規……
そなたは、最後まで誓いを守ったのだな」
その声は震えていたが、
涙は静かに頬を伝った。
江戸城で政務に追われていた家康のもとにも、
氏規の死は伝えられた。
家臣が言った。
「殿……北条氏規殿が……」
家康は、しばらく目を閉じたまま動かなかった。
やがて、静かに言った。
「……そうか」
それだけだった。
だが、その沈黙には、
言葉よりも深い悲しみが宿っていた。
家康は、遠い昔を思い出した。
──駿府の庭で交わした誓い。
“生き残る”という、あの小さな約束。
「氏規……
そなたは、よく生きた」
その言葉は、
誰にも聞こえないほど小さかった。
三人の誓いは、
戦国の嵐の中で生まれ、
数十年の時を越えて続いてきた。
だが──
その一角が、静かに崩れた。
氏規の死は、
三人の誓いが“永遠ではない”ことを示すと同時に、
その誓いが“確かに存在した”証でもあった。
氏真は和歌を詠み、
家康は沈黙し、
それぞれの胸の奥で、
氏規という友の名を静かに刻んだ。
──三人の誓いは、
まだ終わっていなかった。




