表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東海道の弓取たち  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

第十四話 小田原包囲

天正十八年── 一五九〇年、初夏。

関東の空は、重い雲を抱えながら、どこか静かに沈んでいた。


豊臣秀吉の大軍が、

ついに北条の本拠・小田原城を包囲した。


だが──

氏規はその城にはいなかった。


彼は、伊豆・韮山城を守っていた。


小田原城は、北条の総力を結集した難攻不落の城。

氏政・氏直は徹底抗戦を選び、

家臣たちもまた「北条の意地」を掲げて戦意を固めていた。


しかし、韮山城は違った。


氏規は、兄から任されたこの城を10倍の敵に対し4か月間も守りながら、

静かに状況を見つめていた。


「……この戦は、勝てぬ」


家臣が問うた。


「殿、小田原はまだ落ちておりませぬ。

 援軍を送るべきでは?」


氏規は、首を振った。


「援軍を送れば、韮山も共に滅ぶ。

 それでは、何も残らぬ」


その声は、悲しみではなく、

静かな覚悟に満ちていた。


氏規は、夜の城壁に立ち、

遠く小田原の方角を見つめた。


「兄上は……最後まで戦うだろう」


だが、氏規には兄たちの知らぬ誓いがあった。


──氏真、家康、氏規。

 少年の頃に交わした、

 “生き残るための誓い”。


「私は……生きねばならぬ。

 あの誓いのためにも」


六月下旬。

小田原の包囲は続き、

北条の敗色は濃くなっていた。


家臣が震える声で言った。


「殿……小田原は、もはや持ちませぬ」


氏規は、静かに頷いた。


「……ならば、我らは降伏する」


家臣たちは驚愕した。


「殿! 小田原はまだ落ちておりませぬ!

 北条家は戦っております!」


氏規は、ゆっくりと目を閉じた。


「だからこそだ。

 北条の名を未来へ繋ぐためには、

 誰かが生き残らねばならぬ」


その言葉は、

北条の誰にも理解されなかった。


だが──

三人の誓いを知る者だけは、

その意味を理解していた。


氏規は降伏して城を出た。

その姿は、武将というより、

静かに運命を受け入れる僧のようだった。


豊臣方の将が言った。


「北条の若君よ。

 なぜ、お前だけが降伏した」


氏規は、静かに答えた。


「生き残るためです。

 北条の名を、未来へ繋ぐために」


その言葉は、

戦国の荒波の中で、

ひときわ静かに響いた。


その頃、徳川家康は秀吉の陣にいた。


家臣が言った。


「殿。北条氏規が韮山で降伏したとのこと」


家康は、静かに目を閉じた。


「……氏規が、か」


胸の奥に、

少年の頃の記憶が蘇った。


──駿府の庭で交わした誓い。

 “生き残る”という、あの小さな約束。


家康は立ち上がった。


「秀吉公に願い出る。

 氏規の命を救っていただくために」


家臣たちは驚いた。


「殿! 北条は敵にございます!」


家康は、静かに言った。


「氏規は……敵ではない。

 あの男は、私の友だ」


その声は、

かつての竹千代のままだった。


秀吉は言った。


「家康がそこまで言うなら……

 助けてやろう」


氏規は深く頭を下げた。


「……家康殿……」


家康は、静かに頷いた。


「生きよ、氏規。

 それが、我らの誓いだ」


その後、小田原城は落ち、

北条氏政・氏直は自害した。

小田原から関東に覇を唱えた北条家は

早雲公以来100年の歴史に幕を下ろした。


だが──

氏規だけが生き残った。


それは、

三人の誓いが守られた瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ