第十三話 関東の嵐
天正十年──一五八二年。
本能寺の変の衝撃が日本中を駆け抜けた翌年、
関東の空気は、静かに、しかし確実に変わり始めていた。
豊臣秀吉が、天下統一へ向けて動き出したのだ。
北条と徳川は、
秀吉の勢力拡大に対抗するため、
固い同盟を結んでいた。
氏政は言った。
「家康殿とは利害が一致している。
豊臣に屈するわけにはいかぬ」
氏規は頷きながらも、
胸の奥に小さな不安を抱いていた。
──家康と北条は同盟している。
だが、豊臣の圧力は強い。
この同盟が永遠に続くとは限らない。
氏規には、
兄たちの知らぬ“もう一つの同盟”があった。
──氏真、家康、氏規。
少年の頃に交わした、
誰にも知られぬ誓い。
「たとえ国が争おうとも、我らは争わぬ」
その誓いは、
戦国の荒波の中で、
氏規の心を支える唯一の灯だった。
ある夜、徳川から密使が訪れた。
「氏規様。家康殿より」
氏規は封を切った。
『氏規
北条と我が家の同盟は揺るがぬ。
だが、豊臣の圧力は強い。
いずれ、難しい選択を迫られるだろう。
その時も、誓いを忘れぬ。
──家康』
氏規は、深く息を吐いた。
「……家康殿も、苦しんでいるのだな」
その頃、氏真は小田原で静かに暮らしていた。
氏規は、迷いを抱えたまま氏真を訪れた。
「氏真様……
北条と徳川は同盟しています。
しかし、豊臣の圧力が強く……
いずれ、どちらかが折れねばならぬ時が来るかもしれません」
氏真は、静かに茶を置いた。
「氏規。
そなたは、昔から心が優しい。
だが、その優しさは弱さではない」
氏規は、目を伏せた。
「私は……
北条の家臣としての務めと、
友としての誓いの間で揺れています」
氏真は、穏やかに微笑んだ。
「揺れてよい。
揺れながらも誓いを守ろうとする者こそ、
本当に強いのだ」
その言葉は、
氏規の胸に深く染み込んだ。
秀吉は、関東へ圧力を強めていた。
北条に対しては上洛を要求し、
徳川には臣従を迫っていた。
兄・氏政は苛立ちを隠さなかった。
「豊臣に屈するわけにはいかぬ!
家康殿も同じ思いのはずだ!」
氏規は、静かに目を閉じた。
「……嵐が来る」
北条と徳川は同盟している。
だが、豊臣の圧力は、
その同盟をも揺るがすほど強かった。
氏規は、夜空を見上げた。
「どうか……
三人の誓いだけは、揺らぎませんように」
その祈りは、
関東の重い空へと静かに溶けていった。




