婚約破棄されて、スパダリ王子に救われて、幸せになった後の結婚生活がなんか薄い
「……薄くないですか?」
昼下がりの宮殿。
美しい庭園を一望できる、王太子の私室のテラスで、私はそう尋ねた。
向かいに座る夫は、手元のティーカップをしばらく見つめ、一口飲んだ後でこう答えた。
「そうかな。僕にはちょうどいいと思うけど」
「……紅茶ではなく、私たちの結婚生活です。なんか薄くないですか?」
「そうかな?」
夫は一応首を傾げてみせるけれど、端正な顔立ちに対して、その表情はやはり薄い。
「うまく言えないのですが……なんかこう、薄いと感じるのです。この紅茶にたとえるなら、十回くらい淹れた後の出涸らしみたいな。おまけに、熱くも冷たくもなく、かといって適温でもない、ぬるい微妙な温度がずっと続いているような」
夫は傾げていた首を元に戻し、薄い視線を真っすぐ私へ向けた。
「なんとなく、わかるような」
「でしょう?」
私はティーカップに口を付け、茶葉の豊かな風味と適温を味わう。この紅茶と比べても、やはり自分たちは薄い。薄すぎると改めて思う。
「王太子妃として、何不自由なく生活させていただいております。こうして綺麗なドレスを着て、旦那様と昼間から優雅にお茶をいただいたり。幸せであることは間違いないでしょう」
「そうだね。僕も君が妻になってくれて、毎日幸せだと感じているよ」
薄い笑みで模範解答を口にする夫に、私はさらに問う。
「そもそも、私たちはどうして結婚したのでしたっけ?」
「……僕が求婚したから」
「どうして?」
「……元王太子に婚約破棄された君を救うため」
「どうして救ってくださったのですか?」
「……救わなきゃいけない気がしたから」
互いの薄い目をしばらく見つめ合う。なんとなく気まずくなり、同じタイミングで、紅茶をずずっと啜った。
「実は私もそんな気がするんです。こんなことを言ったらあれですけれど……あの場であなたに救っていただいて、求婚されることは、必然だったような気がして」
夫はうんと頷き、私の言葉に耳を傾けてくれる。
「もっとはっきり言ってしまえば、私たちの結婚は、元王太子殿下を断罪するためのおまけだったように感じるのです」
「ああ~わかる。婚約破棄からの断罪がローストビーフで、僕たちの結婚が添え物のマッシュポテトみたいな」
「いえ、マッシュポテトは添え物なんかじゃありません。むしろ主役です」
「じゃあマッシュポテトの下のレタスってところかな」
「そうですね。そんなところでしょう」
大好物のマッシュポテトを添え物呼ばわりされ、やや戦闘態勢になってしまったが、無事に『おまけ』の感覚を共有できてほっとする。
……と思いきや、真っ昼間のティータイムには相応しくない言葉が、夫の口から飛び出した。
「でも、夜は僕たち、まあまあ濃くないか? 少なくともレタスではない気がする」
「なっ! レタスどころかあんた……」
王太子である夫に向かい、つい暴言を吐きそうになる。そう、なぜか夜だけは、あの手この手で何パターンあるのっていうくらい変化に富んで……いや、とにかく濃厚すぎるほど濃厚なのだ。
私はコホンと咳払いし、『夜』の話を終わらせた。
「そういえば、他に何かありましたよね? 私を救ってくださった理由」
「ああ、そういえば、元々君のことが好きだったんだ。ええと、確か幼い時、妃教育を受けている君を見て、一目惚れして」
「私のどこに一目惚れしたんですか?」
「ええと、笑顔……だったかな?」
「それだけ?」
「うん」
「それだけで十何年も想い続けて、元王太子を敵に回すことも構わず救ってくださったのですか?」
「……うん」
薄いのか濃いのか、よくわからなくなってきた。
私の笑顔にそこまでの価値があるだろうかと、紅茶の水面に映る自分を覗き込む。
しばらく考え込んでいると、今度は夫に問いかけられた。
「それで、君はどうしたいの? レタスみたいな僕らの結婚生活を、もっと濃くしたいのか?」
「うーん、どうしたいかまでは考えていませんでした。でも、そう言われれば確かに、もう少し刺激が欲しいのかもしれないです」
「なるほど、スパイスが欲しいということだね。うーん……では、まずはこの紅茶から変えてみないか?」
紅茶から? と首を傾げる私に、夫は「ちょっと待ってて」と席を立つ。部屋に入り、すぐに戻って来ると、お洒落な形の瓶をテーブルに置く。透明な硝子の中で、茶色い液体がどぷんと波打った。
「お酒ですか?」
「うん。ブランデー。少し紅茶に入れると美味しいんだ。この茶葉にも合うと思うよ」
珍しく濃い夫の表情に、私は何だか楽しくなってくる。お酒はあまり飲まないし、ブランデーも初めてだけど、わくわくしながら飲みかけのカップを握った。
夫は微笑み、私の紅茶にブランデーを数滴入れる。茶色い波紋とともに、カップの中から芳醇な香りが立ち昇り、さらにわくわくしてきた。
「いただきます。 ……んん!」
深くて、フルーティーで、一口含んだだけで、さっきの紅茶とは全然違うことがわかる。
「すごい! 濃いです! さっきよりずっと濃い!」
「だろう?」
夫もティースプーンに三杯分のブランデーを入れた紅茶を飲み、満足気に頷いた。
薄い結婚生活に、刺激と変化をくれたスパイス。
私はすっかりその濃い味が気に入り、あっという間に飲み干してしまった。
「次はもっと濃くしたいです!」
「……大丈夫?」
「はい! もっと刺激をください!」
ティースプーンに一杯……二杯……
何度もカップを空にした今では、瓶から直接ブランデーを注いでいる。
あれ、これじゃ紅茶よりもブランデーの方が多くない? ……まあいっか♪
「ねえ、君は僕のどこに惚れたの?」
肘をつき、艶っぽい瞳で見つめてくる夫に、私は即答する。
「顔! 顔に決まっれるれしょ!」
「薄っ。他は? 性格とか」
「せえかく? ああ~まあ優しいかな。カッコよくれ優しくれ優秀。いよっ! スパラリ王子!」
「うっっっすいなあ。他には?」
「他? 他にはな~んもない! てか、なあにがレタスよ。夜は脂身肉の塊に、油と脂のソースをかけらステーキれしょ? 毎晩濃い! しつこい! 胃もたれしそう!」
夫はハハッと笑い、新しいブランデーを自分のカップに注ぐ。
「いいぞ、その調子。僕たち、だいぶ濃くなってきたと思わないか?」
「そうれすね。ふふっ。素晴らしいら」
祝うように掲げたカップを、私たちは同じタイミングで空にした。
クッキーと間違えて輪切りのレモンを噛ったり、鳩の鳴き声を真似してみたり、とにかく可笑しくて何でも笑ってしまう。そんな私を見て、夫も「いいぞいいぞ」と笑ってくれた。
青い空がぐるぐる回り出した頃、いつの間にか隣に座っていた夫は、私の肩を抱き、可笑しなことを囁いた。
「もっともっと、スパイスをかけて濃くなってみないか? たとえば……夜にしかしないことを昼にしたり」
ええっ、何だろうと、夫の芳醇な呼気にわくわくする。
──愚かな私。
部屋へ運ばれ、刺激的すぎるスパイスをかけられた時にはもう手遅れだった。
あーあ、何で薄くないですか? なんて訊いちゃったんだろう。
こんなことになるなら、うっっっすくてぬっっっるい出涸らし紅茶を飲んでいた方がよかったわ。
翌朝、スパイスでしつこさ増し増しのステーキにげんなりする私とは反対に、夫はレタスで包んだような爽やかな顔で言い出した。
「君の笑顔の、どこが好きかわかったよ」
ふん。どうせ可愛いとかキレイとか、そんな薄い理由でしょ? と布団に潜ろうとする私の顔を、夫はわしっと掴んで叫ぶ。
「ほら! これ! こうして笑うと、鼻の穴が膨らんで豚みたいになるところ。不細工で可愛い」
想像以上に濃厚な理由に、ぽかんと夫を見つめる。
そんな薄い私の頬に、夫はチュッと濃い唇を落とした。
結局、薄いのか濃いのかわからない、微妙な私たち。
こうしていろんなスパイスをかけ合っていくうちに、いつか、あの婚約破棄からの断罪にも負けない、濃厚な夫婦になれるのかもしれない。
──なりたくないかもしれない。
ありがとうございました。
一部会話の中で、「ら」と「れ」が多発する箇所がありますが、誤字ではありません(•ᵕᴗᵕ•)




