明かり
この生活が続いてはや数か月が経ち、外の風が一気に冷たくなってきていた。
寒くて着込んだトレーナーはランニングで汗びっしょりになり、そこに風が吹くと体温が一気に持っていかれるような感覚だった。
ハルカは「暑いのに寒い!」とわめいていた。
そんな寒さが厳しくなってきたある夜のことだった。
隣のベッドのスコットさんがうめき声をあげていた。
最初は寝言だろうと思っていた。
しかし、様子がおかしい。
寝室のわずかな照明の光を頼りに彼のほうに目を向けた。
少し呼吸が乱れているようで、時々咳き込んでいた。
ハルカと夫人は寝ているようだった。
このまま黙っているのも寝覚めが悪いので、僕は声をかけた。
「スコットさん……大丈夫ですか?具合悪いんですか?」
スコットさんは小さな声で答えた。
「ああ、ごめん、起こしてしまったかな……ちょっと、風邪を引いたのかもしれない」
風邪か。無理もない。
体を酷使しているし、ここ最近の寒さだ。風邪ぐらい引くだろう。
僕はベッドから出て「少し待っていてください」と伝えて、キッチンに行った。
冷凍庫を見るけど、氷枕なんて準備されていなかった。
収納箱からビニール袋を取り出し、音をたてないように気を付けつつ、たくさんの氷と少しの水を入れた。
出来た氷枕にタオルを巻いた。他に、体温計と飲み水、解熱剤を持ってからスコットさんの元へと戻った。
彼は体を起こしてベッドの縁に腰かけていた。
飲み水と解熱剤を渡した時に触れた彼の手は、かなり熱くなっていた。
持ってきた体温計を彼の額に当てる。一瞬でピッと電子音が鳴り、モニターに38度を超える数字が表示されていた。
これは辛いだろう。
「無理しないでください。教官に連絡しますか?ほかに欲しいものはありますか?」
そういう僕を見て、彼は小さく首を振った。
「大丈夫。なに、よくある風邪だよ……カナタ、ありがとう」
部屋は薄暗いけど、スコットさんの笑顔が見えた気がした。
横になったスコットさんの頭の下に、タオルに巻いた氷枕を敷いた。
彼はまた「ありがとう。冷たくてだいぶ楽だよ」と言って、布団をかけなおしていた。
僕は自分の寝床へ戻ってからも様子をうかがっていたけど、徐々に彼の呼吸は落ち着いていき、そのまま寝息が聞こえてきた。
解熱剤と氷枕が効いたのかもしれない。
時計を見た。時間は夜の2時を指していた。
目が覚めてしまった僕は、そっとベッドから抜け出した。
途中、スコットさんが起きても大丈夫なように、薄暗い照明をほんの少し明るくしておいた。
ーーー
厚着をしてから、静かにドアを開けて外に出た。
その瞬間、昼よりもさらに冷たい夜風が僕の顔を撫でていった。
まだ季節は秋にもかかわらず、荒野の夜は既に日本の冬よりも寒くなっていた。
さすがに訓練センターの電気はほとんど消えていて、航空機の音も聞こえなかった。
風に乗った燃料の匂いもなく、まるで匂いすら寝静まっているようだった。
空を見上げるとまばゆいぐらいの満月が浮かんでいる。
その明るさで、周辺の星々は霞んでいた。
僕は白い息を吐きながら、プレハブの壁にもたれかかって、じっと空を見上げていた。
同じ空を見上げているはずなのに、日本にいた時とは違う、胸に沁みるような感覚が広がっていた。
その時、プレハブのドアが控えめな音とともに開いた。
僕が思わずビクッと身構えると、ハルカが出てきた。
「やっ」
月に照らされた彼女は、穏やかな笑顔を浮かべていた。




