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祈り

共同生活が始まってひと月も経つ頃には、それぞれの生活スタイルも見えてきた。

朝、一番早く起きるのはスコットさん夫妻。

次にハルカが起きて、リビングで通信機器を使って友人とやり取りしたり、スコットさん夫妻とテレビを見ながら談笑したりしていた。

まぶしいぐらいのコミュニケーション能力だ。


対してじめじめしたキノコみたいな僕はというと、いつも一番最後までベッドから抜け出さないでいる。ハルカが起きる前からとっくに目は覚めてはいるのだけど、リビングにいる時間を極力減らしたかった。

僕みたいな存在が混じっても、僕が干からびるか、全員の空気の湿度がじっとりと上がるぐらいなんだと思う。


リビングからいい匂いが漂ってくると、それが僕の起きる合図だった。

夫人がいつも全員分のご飯を作ってくれている。

夫人は「一人分も四人分も変わらないからいいの」と優しい笑顔で言っていた。


僕が一番遅く食卓に着くと、四人でお祈りをする。

最初は、スコットさん夫妻だけがしていた。そういう有名な教えを守っているようだ。

いつの間にかハルカも一緒にお祈りを真似するようになり、そうなったら僕もしないわけにはいかなかった。

まあ、日本人も「いただきます」と「ごちそうさま」は欠かさないから、それの形が変わったぐらいだろう。


朝ご飯を食べ終わったら、全員で訓練へと向かう。

これが朝のルーティンだった。


ーーー


今日の訓練も過酷だった。


ただひたすら、施設内のランニングコースを走らされた。

日差しが照り付ける中、固い地面をひたすら蹴り続けた。

たまに航空機の燃料の匂いがふっと鼻先を掠め、飛び立つ轟音が聞こえた。


いつもは軽口が多いハルカも、後半は口数が減っていた。それでもペースはほとんど落ちず、「いつまで走らされるんだー」「延々同じ景色でつまんないー」と文句ばかり言っていた。

……もしかしたら、ハルカは身体的な疲れよりも退屈さが勝っていたのかもしれない。


ムキムキの教官はずっと笑顔で、最後のほうには「ラスト一周!」という言葉を3回ぐらい繰り返していた気がする。


スコットさん夫妻は後半はほぼ歩いていたけれども、途中でリタイアしたりはしていなかった。

体が若い分だけ僕のほうが体力はあるけど、精神力は彼らのほうがずっとずっと強かった。


ーーー


夜になると夫人がご飯の準備をすると、その間に皆で掃除や洗濯を行った。

部屋の中にふわりと良い匂いが漂ってくると、僕がテーブルの上を拭いて、ハルカとご主人が食器と飲み物を準備した。


ご飯が食卓に並ぶと、四人でそろってお祈りをしてから、食事が始まる。

おいしいご飯を作ってもらうのは本当にありがたいけど、僕はこの時間が一番苦痛だった。

「今日の訓練、明らかにいじめだよね!?」とハルカが言うと、ご主人は「こっちではあんなものだよ、むしろ優しいほうだ」と言っていた。

スコットさん夫妻とハルカはポンポンと会話がよく弾んだ。


僕に話が振られることもあった。

「カナタって意外と体力あるよね。スポーツはやってたの?」

「いや、特にやってなかったよ」

「そうなんだ。その割には走るの早かったよね」

「昔から、走るのは割と得意なんだよ。あと、君ほどじゃないけどまだ若いからね」

と答えた。

ハルカは「ふーん、なんか意外」と言って、またすぐに別の話題に移った。

僕とハルカが会話をしている間、スコットさん夫妻が口をはさむことは少なかった。

ふたりともいつも微笑んでいて、こちらに穏やかなまなざしを向けていた。


ーーー


寝る前の自由な時間、晴れている日は僕は外にいることが多かった。

空が暗くなってもどこからか航空機の音が聞こえてくる。夜間訓練だろうか。

僕はその音を聞きながら、星空に浮かぶ月を眺めていた。


月は、単なる冷たい岩石の塊だ。自分で光ることはなく、ただ太陽の光を反射して、たまたま一番光って見えるだけだ。

恵まれた環境に生まれたに過ぎず、「ただ死んでいないだけ」の僕みたいに。

そう思って、勝手に親近感を覚えていた。


対して、遠くに瞬く星こそ、自分の力で燃えて光っている。まさに命だ。

月が出てこない日は、星がいつもよりもキラキラと大きく瞬いて見える。

「月がいないほうが、星にとっては生き生きできる」と主張しているように見えた。



天気が悪い日は、仕方なくリビングにいた。

とは言っても、部屋の一番離れた椅子に置物のように座っていたけれど。

ハルカやスコットさん夫妻も各々静かに過ごしていて、たまにハルカとスコットさん夫妻は会話していた。

だけど、この時は僕に話しかけることは少なかった。

そりゃそうだろう。僕に話しかけても、機械よりもつまらない回答しか出てこないのだから。

まだオウムにでも話しかけたほうがマシだ。


僕はひとり、テレビをぼーっと眺めていたり、手に持った通信機器で読書をして時間を潰してから、一足早くベッドに向かう。

ハルカと違って、僕には友達がいない。

本来の用途で僕の通信機器が活躍することは無かった。

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