訓練で
翌日から訓練が始まった。
座学では基礎的な物理学の知識や宇宙の危険性、装置の使い方、果ては精神の落ち着かせ方まで叩き込まれた。
訓練センターでは、基礎体力の向上のためのランニングや筋トレ以外にも、あらゆる専門的なカリキュラムをこなした。
月の重力空間をイメージするための、特殊な機械をつけての訓練もあった。
ハルカは機械をつけ、大きくジャンプをしながら「こういうのをやってみたかったんだ。カナタは?」と、隙あらば僕に話しかけてきた。
「やらなくていいなら、今すぐやめたい」
浮きすぎないように小さくジャンプをしながら僕がそう言うと、ハルカは楽しそうに笑いながら、また飛び上がっていた。
まあ、やることなすこと新鮮で、楽しい気持ちも少しはあったけど。
僕は必要最低限の会話にとどめようと思っているのに、ハルカのおしゃべりは止まらなかった。
もちろん、スコットさん夫妻とも会話を弾ませていた。
家族構成や、経営している農場のこと、従業員の数、業務提携している会社について(なんと、世界最大のスーパーマーケットと提携しているらしい)。
果ては、スコットさん夫妻の出会いや思い出の場所まで聞き出していた。
遠慮というものが無いのだろうか。
それでもスコットさん夫妻は楽しそうに話していた。
傍から見ると、完全に祖父母と孫娘のそれだった。
ーーー
訓練が続くと、さすがに辛かった。
それでも、まだ若い僕とハルカはついていけた。だけど、老齢であるスコットさん夫妻はきつそうだった。
施設内を周回するランニングでは、年齢差が顕著に出ていた。
周回遅れのスコットさん夫妻は立ち止まって、息を整えていることが多かった。そんな状態でも、僕が横を通り過ぎると、「やあ、ついに追いつかれちゃったね」とジョークを飛ばしていた。
宇宙を想定した水中の訓練でも、機器の操作がおぼつかない時があり、何度もやり直しになっていた。
結局、精密な実作業の多くは、僕とハルカに任されることになった。
絶対に課題を達成する必要は無いらしい。どこまで行っても僕たちは「お客様」なので、極端に無茶な要求は無いのだろう。
スコットさん夫妻は、部屋に戻ってきてから「ごめんね、私たちが君たちの足を引っ張っている」と謝っていた。
でも、このご時世では数多のロケットがAIで自動操縦されて月へと向かう。
この訓練だって、本当は無くたって問題ないと思っている。
飛行機だって、乗客は訓練なんてしないで空を飛ぶじゃないか。
だけど、宇宙では万が一の際、知識がなければ100%助からない。
その万が一を想定しての訓練なのだろう。
そう思った僕は、スコットさん夫妻に「気にしないでください。訓練が必要になる場面なんて、実際はほとんど無いのですから」と言った。
スコットさん夫妻は僕を見て、少しだけ困ったような笑顔をしていた。
ハルカも呆れたような顔でこっちを見ていた気がした。




