共同生活
結局、僕は帰らなかった。
流されるがままに共同生活は始まった。
案内された共同生活の建物は、訓練センターの一角にあるプレハブの住居ユニットだった。
大地の上に何棟も並んで配置されていた。
僕たちはその中の一つを使うようだ。
中の間取りは2Kぐらいだろうか。
小さなキッチンと、8畳ぐらいのリビング、トイレとシャワールーム、そして寝室。
寝室は、狭い通路の両脇に、二段ベッドを壁に作ったような形だった。
まだ中学校時代の課外学習で泊まったところのほうが広く見えた。
僕たちは最初にリビングに集まり、自己紹介のようなものをした。
お年を召した男性と女性は、やはり夫婦だった。
スコット夫妻と名乗り、大きな農場を経営しているようだ。
穏やかな農場の夜に、夫婦で見上げた月。
その神秘的な場所に、どうしても行ってみたかったらしい。
年若い女性は、日本人だった。
名前はハルカと言う。年齢は僕よりも下だった。大学を休学したらしい。
ハルカは「東北出身だよ。でも東北の中でも都会のほうなんだよ」と言っていた。
ハルカについて、僕は少しだけ気になる点があった。
彼女が運び込んだ荷物は、表面が少し剥がれた、使い古されたトランクケースだけだった。
使っている通信機器も型落ちのものに見えるし、着ている服も、国内有名メーカーのリーズナブルなものばかりだった。
部屋にいるときは、背中に名前が書かれた高校の部活で使っていたというジャージを着ていた。
正直な話、どこかのご令嬢にはとても見えなかった。
このツアーの費用は莫大だ。普通の大学生に払えるレベルじゃない。
いったい、どうやって費用を捻出したのだろう?
僕がそう思っていたら、スコットさん夫妻が「ハルカは、この参加費用はどうやって準備したの?大変だったんじゃない?」と聞いてくれた。
ハルカはにやりと笑い、通信機器の画面を表示してスコットさん夫妻に向けた。
夫妻は顔を見合わせて、驚いていた。
気になって僕ものぞき込むと、そこには「厳正なる抽選の結果、スペースツアー無料招待に当選しました」の文字が書いてあった。
そのメールの発信元は、世界的トップ企業の名前だった。
「すごいでしょ!?1名しか当たらないんだって!当選したから飛びついちゃった!」
と、楽しそうに笑っていた。
ものすごい強運だ。宝くじの一等よりも貴重かもしれない。
「……詐欺じゃなくてよかったね」
僕がそう言うと、ハルカは少しきょとんとした顔をして、そのあと気づいたようにハッとした顔をした。
少しも疑っていなかったのだろうか。
……いや、ほんとに詐欺じゃなくてよかったよ。
その後、僕も理由を聞かれたから「急に思いつきで」とだけ答えた。
ハルカは驚いた表情で「え?それだけ?」と聞いてきたので、黙ってうなずいた。
僕にはあなたたちみたいな、強い想いや前向きな感情は無いんだよ。そう思ったけど、言葉は飲み込んだ。
ーーー
寝室のベッドでは、ハルカは上段を希望していた。高いところが好きらしい。
僕は寝室に入って左側の下段を選んだ。上から誰かを見下ろすのが苦手だったから。それが女性だったら、なおさらだ。
ハルカは、僕の上の段によじ登った。希望通りの上段を確保できたハルカは、笑いながら「ありがとう。カナタは優しいね」と言っていた。
違うよ。自分のためなんだ。
もう反対側のベッドはスコットさん夫妻が使っていた。
上段に夫人が、下にはご主人がいた。
ベッドはセミダブルぐらいのサイズはあったけど、体の大きなご主人は、ベッドの高さギリギリだった。少し窮屈そうに足を畳んで、体を少し起こすと天井に頭をぶつけそうだ。
それでも横になったご主人と目が合うと、「快適な寝心地だよ」と笑っていた。
共同生活初日の夜、照明が暗くなったベッドの中。
僕は天井を見ながら、早くこの共同生活が終わることを心から願っていた。




