共同生活の終わり
月へ行くための訓練も、気づいたら終わりが近かった。
一年という訓練も、過ぎてしまえば長いようで短く…いや、短くはない。かなり長かった。
だけど僕は帰らなかった。
一年に及ぶ共同生活しながらの訓練なんて無理だと思ったのに。
出発まで二週間を切ったころから、
プレハブで過ごしていた僕たち4人は、隔離施設に移った。
とは言っても病室のような狭苦しいところではない。
訓練センターの中にある高い建物の一角に、まるでホテルの広い一室のようなところがあり、そこに移動していた。
プレハブの時よりもはるかに広く、快適だった。
食事も、宇宙に行く前の体調に備えて、完璧に管理された豪華なものが出てきた。
肉、魚、野菜、果物、デザート。本当にランクの高いホテルの食事そのものだ。
宇宙での万が一のために、豪勢なものを後悔なく食べておけと言うことだろうか。
プレハブでいつも食事を作ってくれていた夫人は、
「作らない癖がついちゃいそうね」
と冗談めかしていた。
夫人が作ってくれる家庭的な料理がたまに懐かしく感じた。
――
出発日の前夜。
僕はひとりでバルコニーに出て、手すりに上半身を預けて空を見上げていた。
「今日は月が見えないね」
いつの間にか横に来ていたハルカが、僕と同じ姿勢をとって話しかけてきた。
もうすぐ向かうだけあって、ハルカも月を意識しているらしい。
「この時間は建物の影に隠れてるんだよ、もうすぐ出てくるよ」
と、月が出てくるであろう場所を指差しながら言うと,あまり興味無さそうに「ふーん」と生返事を返された。
まあ、こんな反応はもう慣れっこだ。
ハルカがここにいるのに理由はないのだろう。
いや、僕が理由なんだろうが。つまりは、単なる暇つぶしだ。
この時のハルカは口数が少なくなる。
僕に配慮してくれているのだろう。
いつのまにか、僕はハルカのことが少しわかるようになっていた。
ハルカの明るい性格とコミュニケーション能力の高さゆえになかなか気づけなかったが、彼女はこのツアーとその訓練に参加することに不安があったのだと思う。
異国の地で、外国人に混じって参加するのだから、当然だ。
ところが、同じ日本出身の僕がいた。
日本語が話せて、日本の話ができる。
だからきっと、彼女は安心して僕に何度も絡んできたのだ。
だけど、それは僕も同じだ。
ハルカが居なければ、もしも別の誰かだったならば。
こうやって一緒に空を見上げていたかは分からない。
スコットさん夫妻との関係も、今よりもずっとギクシャクしていたかもしれない。
横に立つハルカをそっと盗み見た。
僕より頭ひとつ分小さい背。
その目は、先ほど僕が指差した場所を律儀に見ていた。
その時、僕の視線に気づいたハルカがこちらに顔を向けてきた。
「君って」
ハルカが話しかけてきて、僕も「うん?」と返した。
「……私のこと、どれくらい知ってるんだっけ?と言うか私、どれくらい話したっけ……私のこと、どう思ってる?」
質問の意図がよく分からなかった。
ハルカの身の上話はたまにされてた気もするが、正直興味が無くてほとんど覚えてない。
どう思ってるかと聞かれても、要領を得ない。
「あまりわかってない。君のことは…賑やかだなと思ってるよ」
僕がそう言うと、ハルカは体の中の空気を全て吐き出すかのようなため息をついた。
「はあ〜〜〜…カナタのことだから、そんなところだと思ったよ。で、賑やかって何さ、私は関係を聞いてるんだよ」
関係ってなんだ?他人以外に何があるんだろうか。
そこでピンと来た。
……家族、に関連するワードを、求められている気がした。
「関係……そうだね、ハルカは、家族……妹みたいなもの、かな」
僕がそう答えると、ハルカは嬉しそうな、だけど少し困ったような顔をして、
「……家族って思ってくれてるんだね。ま、今はそれで充分かな」
そう言って、目を細めて明るく笑っていた。
そのまま、建物の影から出てきたばかりの月を眺めていた。
明日、向かう場所を。




