温かい痛み②
落ちていった意識がまた浮かんできた。
まだ日は出ていないようで、部屋は薄暗いままだ。頭痛は少しマシになっているが、消えていない。
何時間寝ていたのだろう。
氷枕に手を当てると、タプタプとした感触になっていた。
僕の熱でかなり溶けているようだ。
氷枕を作り直すために体を起こそうとしたら「氷枕が欲しいの?ちょっと待ってて」と声が聞こえた。
びっくりして声のするほうを見ると、ハルカがベッドの脇、僕の足元に腰かけていた。
「……なんで」
「なんでって……君、ずっとうなされてたから」
違う、そうじゃない。
「……起きていたのか?」
「う、うん…とりあえず、氷枕作ってくるから待ってて…」
そう言うと、ハルカはキッチンへと向かっていった。
なぜ。どうして。彼女が僕を看病している?
そこまで考えて、僕はハッとした。
頭の中に、昨日のハルカの言葉が響いた。
『もちろん。身内や家族がああなったら、私もそうするさ。もちろん、君にもね』
………。
横になって薄暗い天井を眺めていたら、ハルカが新しい氷枕を持ってきた。
「はい、これ。頭上げられる?氷の量、足りるかな……逆に多い?」
そう言って、僕の頭の下に氷枕を敷いてくれた。
夫人が作ってくれたものよりも、デコボコしている。
少しでも長く冷えるようにと思ってくれたのだろうか。氷がたっぷり入っているようだった。
その不器用さが、どうしようもなく胸に響いてしまった。
感じたことのないような、懐かしいような、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
何かがあふれてくるのがわかる。
薄暗い部屋の中で、僕は目元が濡れていくのを感じる。
ハルカにバレてないことを祈った。
なのに。
「お水飲む?寒くない?」
なんてことのない、彼女の気を遣ってくれる言葉から優しさが伝わってきて、信じられないぐらい僕の感情を揺さぶった。
風邪のせいで、心まで繊細になっているのだろうか。
どうしてこんなに響くのだろう。温かいのだろう。
耐えられなかった。
目から零れた涙が、頬を伝っていく。
一緒に鼻も出てきて、ぐすっと鳴った。
それでもハルカは何も言わず、そっとティッシュを差し出してくれた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
薄明かりの中、ハルカの優しい笑顔が見えた。
それからしばらくの間、僕たちの間に会話はなかった。
いつもなら息が詰まるほど苦手な時間なのに、今は不思議と居心地が悪くなかった。
ーーー
いつの間にか、外は少しだけ明るくなり始めていた。
僕のベッドの脇に座ったままのハルカは、時間つぶしに眺めているであろう通信機器を手に、一度大きくあくびをしていた。
さすがに眠いはずだ。
「……ハルカ、僕はもう本当に大丈夫だから。そろそろ寝なよ」
「うん、そう?」
そう言って、ハルカは唐突に僕の額に手を伸ばしてきた。
少し冷たい彼女の手のひらが、僕の額に触れた。
「っ!?」
唐突な接触に僕は驚いていたが、彼女は特に何も思ってなさそうだった。
彼女は、本当に僕を身内のようにしか見ていないのかもしれない。
……ちなみに僕のほうが年上だ。ないと思うけど、弟じゃなくて、せめて兄として見てほしい。
「うん、さっきよりかはマシかな……カナタ、辛くなったら声かけてよ?」
「……うん。ありがとう」
ハルカは腰を上げ、一度伸びをしていた。
ポキポキと、背中の関節が鳴る音が聞こえた。
きっと、本当に長時間いてくれたのだろう。
「……ハルカ」
「うん?」
「昨日は……ごめん」
自分でも驚くぐらい、素直に謝ることができた。
きっとそういう空気を、ハルカが作ってくれたからだろう。
「あー……。ううん、私のほうがごめん。無神経だったな、って……」
それからハルカは少しの間を置いて、続けた。
「……じゃあさ、もし、今度私がダウンしたら、ちょっとだけ手を貸してよ」
そう言って笑っていた。
「……うん、わかった」
僕も、小さくうなずいた。……なんだか、頼られているみたいで、悪くない気分だった。
ハルカは僕の布団の上から胸のあたりをポンポンと軽くたたいてきた。
やっぱり、弟として見られてるのだろうか。
「よし、じゃあ、寝よっか。おやすみ、カナタ」
「おやすみ。……ハルカ」
そう言うと、ハルカは僕の上のベッドに登っていった。
ギシ、と体重がかかる音が聞こえる。
ハルカがいなくなったベッドの脇が、少しだけ物足りなく感じた。




