第三話 王都と貧民街
朝から胃もたれするような量の食事が並ぶ。
寝不足気味のナズにこの朝食は少々荷が重かった。
「全て食さなくともよくってよ。いる分だけで」
引き攣った顔をしていたナズに女王マリーグレーテが気を遣う。
その言葉を聞いたナズは露骨に安堵した。何を隠そうナズは今、女王様の食事にお呼ばれされていたのだ。
そんな中で「多くて食べれません」なんて言った日には、不敬罪で監獄レッツゴーかもしれない。しかしこの城にはそんな昭和のパワハラのような文化はなかったようだ。
マリーグレーテとナズ、そして当然のようにアンジェも席につき食事をとる。
「ほらナズ。この野菜は栄養がたくさんあるのよ。私のを分けてあげるわ」
「いや、俺の皿にも十分・・・」
「いいから、いいから。遠慮しないで。その代わりこのお肉はもらっていくわね」
「あ、おいっ、俺の肉・・!!!」
「あとこのキノコもあげるわ。葉っぱもいらない、これもいらないわ・・」
「もう『いらない』て言っちゃってるじゃん・・」
ナズの皿にアンジェの嫌いなものがみるみる積み上がっていく。
そんな光景を微笑ましく見ていたマリーグレーテが口を開いた。
「今日ナズに来てもらったのは、軍の訓練に参加してもらうためよ。この世界は人や魔物、物騒なもので溢れかえっているわ。ナズもスキルや剣の扱いを覚えておいて損はないと思うの」
正直スキルの使い方は昨日のノクターとの修行で一通り身につけたし、剣は怖いので触りたくない。
がしかし、女王様の好意を無碍にするわけにもいかないので「わかりました」とナズは了承した。
「訓練場はアンジェに案内してもうといいわ。・・・では私はこれで。いくわよギーシャ」
マリーグレーテは後ろに控えていた顔に傷のあるおっかない雰囲気の騎士を連れて部屋を出ていった。
「アンジェ、あの怖い顔の人って何者なんだ?」
「ハホヒホハヒーヒャハンホイッヘ・・・」
「あー、あー、飲み込んでからでいいよ、答えるのは。何言ってっかわかんねえて」
口いっぱいに頬張っていたアンジェがゴクンっと飲み込み、改めて答える。
「あの人はギーシャさんと言って、近衛騎士団の団長よ。とっても強いからマリー様のそばにいていつも守ってるのよ」
「へえ、怖そうな人だな」
「あらそんなことないわよ。喋ってみたら意外と穏やかで温厚な人って印象だったわ」
「それは・・・想像できないな・・」
ナマハゲも泣いて逃げ出しそうな顔してるのに、そんな性格とは。人は見かけによらないことを思い知るナズだった。
朝食が終わるとその足でアンジェに訓練場に連行される。
「食べた後にすぐ動くのかよ」とツベコベ文句を言ってみたナズだが、聞き入れられることはなかった。
訓練場に着くと剣がぶつかる音や、人の気合の入った声が飛び交っていた。
憂鬱な気分になりながらアンジェの後ろでトボトボと歩いてると、一人の騎士が声をかけてくる。
「おはようございます、アンジェ様、ナズくん」
「ルートヴィヒじゃない。騎兵隊も訓練中だったの?」
「そうですね。向こうで訓練していたところ、お二人の姿が見えたので声を掛けさせて頂きました」
見るとルートヴィヒに負けず劣らずムキムキの馬が辺りを走っていた。
「そうだったのね。私は今からナズのスキルの性能を試したりする予定よ。あなたも見学に来る?」
「是非に」
そう言ってルートヴィヒが加わったかと思えば、その部下の騎兵隊の連中もゾロゾロと付いてきた。
いつの間にか大所帯になってしまったが、アンジェは構わず続けた。
「じゃあ、ナズ。あの的に向かってスキルを使って見せなさい。発動する意思があれば勝手に使えるはずよ」
「了解です・・」
ナズは緊張の面持ちで生唾を飲む。
アンジェの説明は大雑把もいいところだった。ナズが本当にスキルを初めて使うのではあれば、大変なことになっていただろう。
ナズのスキルの扱いは「もはや泣けてくる」とノクターに言わしめるほどだ。とても下手なのである。
しかし猛特訓を経たナズはこれまでとは一味違っていた。
「【顎】!!」
ナズがスキルを発動させると的の上下から魔法陣が出現し、そのまま獣の牙が的をグシャっと潰してしまった。
成功である。昨晩と同じ轍は踏まずに済んだのだ。
ドヤ顔でナズがアンジェに振り向くと、別段珍しいことでもないように頷いていた。
それもそのはずで、大体の人間からすれば狙ったところにスキルを撃つなど造作もないことなのである。
「ふむ、設置型のスキルね。威力は申し分ないようだけど・・」
「ですね。汎用性は低そうです。レジェンダリというだけあって期待値が高すぎたかもしれませんね」
アンジェとルートヴィヒが意見交換をしている。
ただナズのスキルは、聞く限り二人の期待を超えるような性能ではなかったようだ。
少し決まり悪くなるも、ナズは二人に尋ねてみる。
「あの、俺のスキルって微妙なんですか?」
「ああ、いや、そう言いたいわけじゃなくてね。使い方や状況次第では強力なスキルにもなると思うよ!!」
「まあ、つまり何が言いたいかというと、ナズのスキルは微妙ということね」
せっかくルートヴィヒがフォローしてくれたのに、アンジェがトドメをさす。
これがナズにクリティカルヒットした。
「ちょとアンジェ様、言い方が悪いですよ」
「しょうがないでしょ、期待してたんだもん」
「そりゃアンジェ様のスキルが強力だったから無理もありませんが・・」
「アンジェも、レジェンダリのスキル持ってるの?」
「ええ、持ってるわよ。見せてあげるわ」
そう言ってアンジェは手のひらを上に向ける。
するとそこからバスケットボールくらいの大きさの氷塊が作られた。
「おお、氷だ」
「そうよ。これが私のレジェンダリスキル【凍】。魔力の限り氷を生成しそれを自由に操ることが出来るわ。魔法と違ってスキルだから杖も詠唱もいらないの」
「すげー。キレーだな・・」
「そうでしょう!その気になればこの城くらいの大きさだって作れちゃのよ!」
「そりゃ、俺のスキルが、期待外れなわけだ。アンジェのが、汎用性も破壊力も抜群なんだもんな」
自分で言っててナズは悲しくなり、危うく目から水分が飛び出すところだった。
「しかし、まだゴッデスのスキルがあります。落ち込むには早いですよナズくん」
「ですよね!頑張ります」
と言っても、ナズはこのスキルについてもうあらかた知っていた。
「【破壊ノ主】」とスキル名を呼び発動する。するとナズの視界が遠くのものをモザイク風に映す。
異世界に来たばかりの時と同じ現象だ。
その視界のままナズは的に近づいた。そして的が鮮明に見える距離まで寄ると、徐に右手を握り込んだ。
すると的はボキッと音をたて一人でに壊れてしまった。
「これがスキルの能力だと思う。見たものを触れずに壊す、みたいな感じ・・」
「なんで的に近づいたの?」
「それは、スキルを発動すると急激に視界が悪くなって近くのものしか見えなくなるから」
「なるほど。攻撃力も高いし使い勝手も良いみたいですね。効果範囲がごく近距離なことを除けば」
「インファイトタイプのスキルということね」
そんな感じでスキルの確認は終わっていった。
俺のスキルは近距離で戦うことを前提としているので、これから剣の訓練をつけてくれるらしい。
ちなみにアンジェのゴッデススキルを聞いてみたところ「ああ、私のはね・・」と見せてくれそうだったのだが、後ろで見学していた兵士の皆さんが一瞬で10mほど後退した。
隣にいたルートヴィヒさんも血相変えてアンジェの肩つかみ「死人を出すつもりですか!?」と制止していた。
一体どんだけ危険なスキルなのだろうか。
〜〜〜
剣の訓練は熾烈を極めた。
最初はアンジェとのマンツーマン特訓だったのだが、アンジェは教えるのに向いてなかったようだ。
とにかく実践形式の訓練をナズに強いたのだが、前世は普通の高校生だったナズが剣を持ったことがあるはずもなく。
そんな構えも振り方も何一つ覚束ないナズに、アンジェは容赦なく打ち込んできたのだ。
異世界に来て日も長く、数々の実践経験を詰んだアンジェの一撃は重く、早く、殺すことに特化していた。
しかも、訓練用の剣ではなく、真剣での打ち合いである。正気の沙汰ではない。
この経験はナズにトラウマを植え付けるには十分だった。
みかねたルートヴィヒがナズを第二歩兵隊の訓練に参加するよう促してくれた。
しかし、ナズが安堵したのも束の間、今度はこの第二歩兵隊で問題が起きたのだ。
何を隠そうこの隊、ナズを城まで連行してきたあの部隊だったのである。
当然、良い顔はされなかったが、ナズにとってはアンジェと訓練するよりマシだったのでお世話になることにした。
「休むなっ!!剣を振れ!!あと200回だっ!!!」
「「「はっ!!!」」」
指示を出しているのはあのヒゲ男、第二歩兵隊の隊長ブリンガムだ。
部活動の鬼顧問のような面持ちで、ハードな内容のメニューをつげる。
そんな中、一人だけ満身創痍の状態で剣を振るう者がいた。ナズである。
「おい、貴様!誰がそんなヘナチョコな構えで剣を振れといった!しっかり腰を落とさんかっ!!」
「ぐえっ!」
ナズの腰を乱暴に蹴るブリンガム。
避ける体力も残ってないナズは蹴りをまともに喰らい倒れ込んだ。
そんなナズを見て周りの兵士たちは隠す気もないように笑った。
(ノクターの加護のお陰で痛くはないけど・・・。にしても厳しすぎでしょ!【身体強化】で体力増えててもキツイってこれは・・・!!!)
「おい、貴様!!いつまで寝転んで休憩するつもりだ!?休んだ分素振りの回数を増やしても良いんだぞ!?」
「っち、バレたか」とナズは心の中で呟きながらも、剣を支えにして立ち上がる。そうしてまたヘロヘロになりながら、剣を振り続けたのだった。
〜〜〜
ナズが異世界に来てから5日ほどが経った。
常に訓練じゃ息が詰まるというもので、訓練の後や休みの日には、城下町に繰り出すことが日課となっている。
街は活気あふれており、商魂たくましい商人と強面の冒険者が言い合いをすることなど日常茶飯事である。
ナズは露店で買った串肉を頬張りながら街を散策していた。
ちなみにお金はアンジェに貸してもらっている。ナズが街に行くと言うと、さも当然のように着いて行こうとしていたアンジェだったが、彼女は立場ある人間で見かけによらず忙しいらしい。
城の人たちに連れて行かれる前にアンジェが、銀貨を一枚渡してくれたのだ。
街にいる兵士以外の装備した人たちは冒険者と言い、ギルドに登録のもと魔物や迷宮を探索してお金を稼いでいるらしい。
物珍しそうな目でナズが歩いても街行く人々は慌ただしい様子で、ナズのことなど気にしなかった。
そんな空間をナズが心地よく思っていると、裏路地から「おら、ガキィ!!待ちやがれ!!」と男の怒鳴り声が聞こえてくる。
気になって覗いてみると、大男が二人、子供を追いかけていた。
「穏やかじゃなさそうだなぁ・・」
一瞬思案したナズだったが「まあ一応・・」とその男たちの後に続いた。
裏路地を抜けるとそこは、先ほどまでの綺麗な建物とは打って変わり、ボロボロの木造で溢れていた。
いわゆる貧民街という場所だったが、初めて訪れたナズはその落差に少し気圧された。
がしかし、すぐに目的を思い出すと男たちを探すべく視線を巡らせる。
すると二人の大男が、へたり込む女の子を囲んでいる場を見つけた。
「あれか」とナズはその現場に近づいていく。
男たちは何やら怒鳴り散らしながら、女の子の胸に抱えているものを指さしている。
女の子の方も、これを大事に抱え、涙目になりながらも首を振っていた。
埒が開かないと、一人の男が女の子に手を出そうとした瞬間、
「あの・・・」
と横から、大柄な人影が割って入ってきた。
(大きな、女の人だな・・)
二人の男に負けずとも劣らない背の高い女性が、女の子を庇うように男たちの前に立った。
白くて長い綺麗な髪を靡かせ、スラっとした体型も相まって迫力がある。
しかし猫背でオドオドした雰囲気が、それら全てを台無しにしていた。
「ああん!?なんだよテメーは!?」
「ひっ・・・・、あの、えと・・わた、し・・」
「ああ!!?何言ってかわかんねえよ!!文句あんならはっきり言ってくれよ!!?」
「いや、あの・・・文句てほどでは・・・・あの、女の子が、えっと・・」
「あんだって!!?声が小さくて聞こえねえな!!?」
「それよりこの女、なかなかの美人だぜ!!・・よお、暇なら俺たちに付き合ってくれよ!!」
「ひゃっ・・・」
男たちの興味が女の子の持ち物から助けに入った女性に切り替わったようだ。
女性の腕を乱暴に掴み逃げられないようにする。
その女性も男たちにひるんであわあわしているだけだ。
(にしても、なんで助けに入ったんだ、あの人。怖いなら関わらなきゃいいのに・・)
と思いつつも見てられなくなってきたナズが、男たちに声をかける。
「ねえ、お兄さんがた?その変にしといたら?」
「ああ!!?うるせーなっ!!なんだお前、この女の連れか!?」
「いや、違うけどさ」
「だったら黙ってろや!!俺たちゃ今からこの女ヒーヒー言わせてやんのに忙しいからよぉ!!帰って母乳でも飲んでろ!!」
そう言って男が女性の腕を掴んだまま自分の方に抱き寄せる。
限りなく最低な奴らということはわかったが、それでもナズはグッと堪えた。そして言い返す。
「ほら、その女性も困ってるでしょ?離してやんなよ!おっさんの口が臭すぎて泣きそうになってるじゃん!もっと自分の口の臭さ自覚した方がいいよ、ああこの距離からでも匂ってくるもんなぁ、こりゃ相当だよおっさん!!!」
これでもナズ的には堪えた方である。
しかし、目の前の男たちを怒らせるには十分だった。
「舐めたこと言ってじゃねえぞ、クソガキが!!死ねオラ!!!」
一人の拳がナズの顔面を捉える。ゴンッと鈍い音が頬から鳴るがナズはびくともしなかった。
<装甲の加護>様様である。
「なんだこれ、どういうことだ!」とまともに入ったはずの拳を頬で受け止め平然としているナズに男たちは困惑する。
「今やめるんなら攻撃はしないから。もう帰った方がいいんじゃない?」
拳が未だ頬に突っかかっているため喋り辛かったナズだが、なんとか噛まずに帰ることを勧める。
これで大人しく引き下がればよかったが、男たちにその考えはなかった。
結局戦闘にはなったのだが、こんなゴロツキの攻撃など、アンジェの容赦ない剣に比べれば止まって見えるようなものである。
「わからせパーンチ!」
と、ナズは攻撃を冷静に避けながら男の一人を仕留める。
勝てないことを悟ったのか、もう一人の男が「死ねクソ野郎!」とかなんとか喚きながら逃げていった。
(いや仲間、回収していけよ・・)
伸びた男を無視してナズは女の子たちに近づく。
「大丈夫?怪我してない?」
「う、うん、ありがとうお兄ちゃん!お姉ちゃんも!」
「ああの、助けていただいて、ありがとう、ございます・・・」
「いえいえ全然。それより、どうしてあいつらに追われてたの?」
「お母さんがね病気なの。それでお薬を買いに行ったんだけど・・。お薬は高く売れるから、盗られそうになって・・・、逃げたら追いかけられたの」
「碌でもない連中だな。もう1発くらい殴っとこうか?」
「いいの。早くお母さんにお薬届けてあげなきゃ」
「そうだな。ほっとこうあんな奴ら」
ナズは女の子を家まで送るため付いていくことにした。
女性の方も一緒にくるようだ。
女の子の名前はエフィというらしい。女性はヒナと名乗った。
「ねえナズお兄ちゃん、それ何持ってるの?」
「ああこれ?これは肉串の棒だよ。棒を返したら少しおまけしてれるから、捨てずに持ってるんだよ」
「いいな〜肉串・・」
「食べたことないの?」
エフィはコクっと頷いた。
それならと、ナズは薬を届けた後、買ってあげることを約束する。
「いいの!!?やっったーー!!ずっと食べてみたかったの!!」
「ふふっ、どういたしまして」
無邪気にピョンピョンと喜ぶエフィにナズが微笑ましく思っていると、ヒナが手をあげる。
「あの、ナズさん、私も、食べてみたいです」
エフィは貧民街の子供で自分で買えないのもわかるが、ヒナはどう見ても大人だ。
だからと言って「自分で買ったら?」とは言えなかったので、ナズは困惑しながらも了承した。
まあ「やったっ」と笑顔を見せてくれたのでよしとすることにした。
薬を届けると、エフィの母親にとても感謝された。
気づいたら娘が一人で薬を買いに行っており、治安も悪いため危ない目に遭ってないか心配していたらしい。
その後エフィとヒナと共に肉串の露店まで行き、3つ購入した。
広場で3人、串を頬張る。牛に近い何かの肉をが口を占領する。
ガツンと効いたスパイスに、噛むたびに溢れる肉汁が絡み、肉の旨みが広がる、まさに脳みそが震える感覚に陥るようだった。
「すっごく美味しいよ、これ!!」
「私も、初めて食べました。これはすごいです・・」
「ヒナはなんで食べてなかったんだ?」
「あの・・、店員さんに話しかける勇気がなくて・・」
「あ、そっか・・・」
なんとも泣けてくる話である。そのせいでこんな美味いものを逃していたなんて。
今のヒナの気持ちが容易に察せられる。
肉串を食べてからは、なんとなく3人で街を回った。
エフィは普段、貧民街からは出ずに家で母親と仕事をしているらしい。
ヒナも街に来て日が浅いようなので、新鮮な気持ちで色々見てまわれた。
日が暮れて、エフィを家まで送り届けるナズとヒナ。
「また、遊ぼうね!」
「おう、そうだな。また来るよ!」
「私も、また、来ます・・!」
いつまでも手を振っていたエフィが家に入るのを見てから、ナズとヒナも別れる。
異世界に降り立って数日。充実した日々をナズは過ごしていた。




