テーマは食
ゴホン。それでは、第二回交流会を始めさせていただきます。プレゼンターは、前回に引き続き——森沢エミリが務めます」
エミリの強い希望により、急遽第二回が早期開催となった。というのも、エミリの胃に穴が空く前に食生活の改善をお願いしたかったからだ。郷に従う覚悟はあるが、ここが異世界でなければドクターストップがかかるレベルである。死活問題だ。
「……なんなんだこれは」
銀髪の青年がぼそりとつぶやいたが、エミリは無視を決め込んで話を進める。
「さて、今回のテーマは“食”です」
「だから、なんなんだこれは……」
エミリの言葉を聞きながら、銀髪—— エネルが再び呟く。が、やはり無視。エミリはマイペースに本題へ。
「ではピリカさん。魔族の食生活について教えてもらえますか?」
「は、はい。えっと……私たちはいろんなお肉を食べます。動物だったり、魔物だったり。それを日替わりで、種類や調理方法を変えて……。ちなみに、私は魔物の肉が一番好きです」
「なるほど、ありがとうございます。では続いて、人間代表のアレイスさん、お願いします」
「はい。人間は主に野菜、果物、肉、魚、穀物などを食べます。中には菜食主義の方もいますが、基本はバランス良く食べることで健康を保っています」
その最後の一言に、エミリは心の中で力強くガッツポーズを決めた。
(よく言ったアレイスさん!その一言!もっと言ってやって!届いて魔族たちに、この野菜への熱い想い!)
「ええっ!?人間って野菜とか果物とか食べるんですか!?動物の餌じゃないですか!?お腹、壊しませんか!?」
ピリカの驚愕が会場に響く。異文化とは、かくも強烈なギャップを持つものなのだと、エミリは思い知る。
「ピリカさん、動物が食べてお腹壊してないんだから、私たち人間も大丈夫だってば」
「そうそう、ピリカ穣。野菜と果物ってのは、人間にとっては命に関わる大事な栄養源なんだ。食べないと……死ぬかもしれない!」
エミリとエルヴィン、肉漬け生活に限界を感じていた二人が声を揃えて力説する。
ピリカはぽかんとした顔で首をかしげる。どうやら理解にはもう少し時間がかかりそうだ。そこで銀髪のエネルが、面倒くさそうに言葉を足す。
「……種族で食生活が違うのは当たり前だろ? 要するにこいつらは、肉ばっかじゃなくて野菜と果物も食いたいってことだ。用意してやれよ」
エミリはエネルの方を振り向いて、思わず目を見開いた。今までただの脳筋ナンバー2だと思っていたが、言いづらいことをズバッと言ってくれるとは。評価、急上昇である。
「ピリカさん、こういうのはどうですか? みんなで順番に料理を作ってみるんです。私の世界の料理、人間の料理、魔族の料理……それぞれの文化を知るいいきっかけになると思います」
かつての留学時代、寮で行われた持ち寄りディナーを思い出す。異国の料理は驚きと発見の連続だった。それは、この異世界でもきっと同じはずだ。
「え、野菜食べなきゃならないんですか?!無理です無理です!!」
エミリはにっこりと微笑みながら頷いた。
(いました、いました、こういう子。異文化料理パーティでも必ずいたのです。生魚なんて正気じゃないって言われました。でも——)
食べたくないなら、食べなくていい。無理強いはしない。それより大事なのは、こちらが野菜を食べられる環境を確保すること。それだけでいいのだ。
「ピリカさん、無理強いはしません。ただ――私たちに野菜を食わせろ。それだけです」
こうしてエミリは、異世界での食生活改善という偉業を、静かに、だが確実に成し遂げたのだった。
第二回交流会が無事に終了した後、エミリはそっと立ち上がり、部屋から出ようとする銀髪を呼び止めた。
「エネルさん。先ほどは野菜の件、ありがとうございました。あの、今少しだけお時間よろしいですか?」
「ああ」
ぶっきらぼうな返事にひるまず、エミリは淡々と切り出す。
「魔王様が“お告げ”を受けたと聞いたのですが……どなたが、何のために私を召喚したか、ご存じでしょうか? 魔法も使えず、ただの人間が魔族の村の近くに召喚され、しかも“勇者”扱いされるなんて……どう考えても変です」
エネルは腕を組み、しばし考える素振りを見せたのち、首をひねりながら答えた。
「それがな。俺も、魔王様も、よくわかってねえんだ。ただ急に、魔王のところに光と共に文字が浮かんでな。“この者、国に勝利をもたらす”って。魔王はそれを見て、“じゃあ村長に預けるか”ってなったわけだ」
……なんてことでしょう。
エミリは絶句した。誰も、何も、知らない。
「……その“お告げ”を送った神って、どなたなんでしょうか? この魔族の国の神ですか?」
「さあな。言葉を直接届ける魔法なんてねえし、じゃあ神しかねえだろって、みんなで勝手に納得しただけだ」
(な、なんてこと……適当すぎる……これが脳筋クオリティ……!)
心の中でつい毒づいてしまったエミリだったが、謎は深まるばかりだった。
誰が、何のために、自分をこの異世界に呼んだのか。その答えに近づくには、まだ時間がかかりそうだった。