肉と銀髪
異世界生活、数日目。
エミリは静かに、だが確実に疲弊していた。
胃が重い。心も重い。
原因はただ一つ──肉である。
焼く、煮る、干す、埋める(謎)。とにかく肉祭りだった。
もともと野菜中心の生活をしていた彼女にとって、肉三昧の食卓はまさに拷問。
この生活がずっと続くと思うと、正気が保てる気がしなかった。
「エミリ殿、大丈夫か?顔色が……」
「エルさん、アレさん。ちょっと……三人で話せます?」
深刻な顔のエミリに促され、エルヴィンとアレイスは人気のない場所へ移動する。
エミリは深呼吸し、眉間にしわを寄せて言った。
「……もう、無理なんです。肉が……体が拒否しはじめてます。そろそろ見ただけで吐きそうです……」
沈黙。
そして、うなずく二人。
「確かに。朝昼晩、永遠に肉は……きつい。俺も最近、見るだけで胃が悲鳴を上げてる。けど……助けてもらってる立場だしな。寝床も飯もあるし、文句言うのは気が引ける」
「そうなんです!!手の込んだ料理をキラッキラの笑顔で出されたら、もう断れないんです!優しさが凶器になってる!」
二人して頭を抱える中、アレイスが苦笑しながら口を開いた。
「でもさ。言わなかったら、逆に失礼じゃない?
“良かれと思って”やってたことが、実は迷惑だったって、言われなきゃ分からないじゃん?」
その言葉に、エミリの瞳がふっと動いた。
そうだ。黙ってるだけじゃ、誰も幸せにならない。
「……決めました。次の交流会の議題は“食”です!」
エミリは拳を握りしめて高らかに宣言する。
「食は、人生の要!互いの食文化を知ることは、心の距離を縮める第一歩です!」
「なるほどー」「さすがー」「パチパチパチ」
エルヴィンとアレイスは棒読みで拍手を送った。
そのときだった。村の方から、ざわざわと騒がしい気配が漂ってきた。
「……なんだ?何かあったのか?」
「追っ手とかじゃないよね……?」
アレイスが急に緊張感を取り戻す。
そこへピリカが駆けてきた。
「エミリ様ー!探しましたよー!お客様がいらっしゃいました!」
三人がついていくと、村長の家の前に人だかりができているのが見えた。
「……誰か有名人でも来たのかな」
「はいっ!魔王様の使いの方ですよ!
しかも、魔王選出トーナメントで二位だった、エネル様がいらっしゃったんですー!」
「……魔王選出トーナメント……?」
エミリは頭の中に「筋肉と血飛沫の祭典」を想像した。
そんな脳筋イベントで選ばれた人間に国政を任せていいのか──不安になるのも当然だった。
「村長ー!エミリ様お連れしましたよー!」
通された応接間。
村長と、銀髪の男が待っていた。
(銀髪……あ、ファンタジーのやつだ……)
金でも赤でも青でもなく、銀髪。
完全に“キャラ立ち”してる男の登場に、エミリはちょっとテンションが上がった。
※なお、エルヴィンとアレイスは二人とも金茶系でそこまで非現実的ではない。
その男── エネルは、じろじろとエミリを上から下まで見て言った。
「……これが神託の者か」
その瞬間、エミリの中の“海外仕込みの瞬間湯沸かし器”が作動した。
(こちとら、どの国でも喧嘩を売られたら即カウンターできるよう仕込まれてんだよ)
「は? 挨拶も自己紹介もなしに“これ”呼ばわり?
──そういうやつとは今後一切関わりません。さようなら」
エミリがくるっと踵を返そうとしたその時、村長があわてて叫んだ。
「ま、待ってくだされエミリ様!エネル様は悪気があってそう言ったのではないのじゃ!ちょっとシャイなだけなんじゃ!魔族は、基本的に、みんな……シャイじゃ!」
(ほんとかよ……)
一度は離れた足を止め、再び振り返ると、エネルはそっぽを向いて頭をかきながらボソリ。
「……ああ、悪かった。お前が、エミリか」
エミリはむむむと唇を噛んだが、いったん矛を収めた。
「……まあ、目を瞑りましょう…で?用件は?」
エネルはソファに沈みながら、面倒くさそうに言った。
「魔王の命令だ。お前の様子を見てこいってな。
……当分ここにいる」
──は?
頭の中に「WHY……?」が、じわじわとこだまする。
どうしてこんな失礼で無愛想なやつと、これから毎日顔を合わせなきゃならないのか。
想像しただけで、エミリの胃はキリキリと痛みを増していくのだった。