なかへ
エミリたちは、ゾンビと化した騎士や王城の者たちを逐一かわしつつ、城内のあらゆる扉を手当たり次第に開けていった。
そして開いた扉、窓や通路、倉庫の扉からはいずれも赤黒い霧が少しずつ、しかし確実に流れ出していた。
今のところ、煙をほんの少し吸っただけではゾンビ化の兆候は見られない。
今のところは、だが。
「やっぱり……これは魔素だな。濃縮されてるのか?」
エネルは霧を見つめ、腕を組みながら難しい顔をした。
「王が大魔石を使ったんだろう。もしこのまま放置すれば……魔族側にもすごい影響が出る」
人間側が魔石を乱獲したせいで、魔素の循環は崩れ、魔獣は目覚めず、卵も孵らなくなっていた。
ようやく魔術師ディランのおかげで解決の糸口を見つけ、かすかに希望が見えはじめた矢先、
王家が代々保有してきたという大魔石が、またあの最悪の循環を呼び戻そうとしている。
「……止めなきゃ。魔族の未来も、人間たちの未来も。どちらも、これ以上壊させるわけにはいかない」
エミリたちは換気のおかげで、霧がましになった廊下を慎重に進んだが、城内の奥へ歩けば歩くほど、濃くなる気配があった。
「……下はもうダメだな。床付近の霧が濃すぎる」
エネルが短く判断し、天井へ視線を向けた。
そこには豪奢なシャンデリアと、太い梁が何本も渡っている。
待ってましたと言わんばかりに、エミリは人差し指を立てて目を輝かせた。
「ドローン作戦ね!」
「もう呼び名はなんでもいい……いくぞ」
返事よりも早く、エネルがすっとエミリに近づく。
軽くしゃがむと、慣れた手つきでエミリの腰をつかみ、そのまま背中へと担ぎ上げた。
気づけばエミリは、完全におんぶされていた。
お姫様抱っこではエネルの両手が塞がるし、肩車ではエミリが天井に頭をぶつけかねない。
向かい合っての抱っこは……いろいろとハードルが高い。
――結果、おんぶ一択。
それにしても、アラサーにもなって誰かにおんぶされる機会なんて早々あるものじゃない。
頭では理解していたものの、いざ自分が担ぎ上げられるとなると、エミリは珍しく大いに慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと! 心の準備が――!」
「準備は走りながらしろ」
エネルはそのまま壁を蹴って跳躍。
視界が一気に上へ持ち上がり、エミリは条件反射でエネルの首にしがみつく。
「ひゃっ……! ちょっと速いんだけど!?」
「速いほうが落ちねぇ」
「その理屈なに!?遠心力!?」
エネルは梁に片手でぶら下がり、次の梁へと軽々と飛び移る。
まるでサーカスの空中ブランコのような動きだ――とエミリは思わず感心した。
もし彼がエミリの世界にいたら、あの某有名サーカス団へ即入団が決まるであろう。
足元では赤黒い霧が渦を巻き、その中をゾンビ化した騎士たちが徘徊している。
「うわっ、真下にゾンビいる! 落ちたら絶対アウトのやつ!!」
「だから落ちねぇって言ってんだろ」
軽口を叩きつつも、エネルの動きは正確そのもの。
シャンデリアの鎖をつかんだ瞬間、重さでゆらりと揺れた。
「ちょ、揺れてる! 揺れてます!!」
「静かにしろ。気づかれる」
「む、無理よこんなの!!」
叫びながらも、エミリはしっかりしがみついている。エネルはそんな彼女を微妙に面白そうに感じながら、さらに奥の通路へ向けて跳び続けた。
「人間の王と、大魔石を探すぞ」




