異世界の国際問題
朝、エミリは目を覚ますと、あたりを見渡した。
古風な作りの部屋――昨晩、眠りについた村長の家の一室がそこにある。
「……夢じゃなかったのか。なるほど、なるほど」
部屋の外から肉を焼いている匂いがする気もするが、気のせいだと思いたい。
「朝起きたらこれが全部夢で、あたり一面死体だった、なんて展開よりはマシか……」
小さくため息をつきながら、身だしなみを整えて部屋の外へ出る。
「おはようございますー! よく眠れましたか? 朝食、もう準備できてますよー!」
ピリカがまぶしいほどの笑顔で駆け寄ってきた。
肉ばかり食べているせいか、異様に元気だ。若さがほとばしっている。まぶしい。
「……ところでその朝食なんですが、どんな感じのでしょうか?」
「どんなって……エミリ様の世界では、朝昼晩で食べる物が違うんですか?」
そんなこと言われると、朝食の観念とは何なのか?フルーツだけの人もいるし、パンの人もいる。朝から牛丼を食べる人もいるかもしれない。
結局、人によるよね?という結論に落ち着いた。
そんなことを考えながら席につくと、案の定、肉が出てきた。昨晩より量は控えめだが、それでも肉。
うすうす感づいていた。ここは肉の国なのだ。
エミリは自分の胃を奮い立たせ、覚悟を決めて席についた。
ちょうどそのとき、昨日助けた人間の青年アレイスとエルヴィンがやってきた。
「おはようございます。お二人とも、体調は大丈夫ですか?」
エミリが声をかけると、アレイスは頭を深く下げた。
「なんとお礼を言えばよいか……貴女のおかげで命拾いしました。感謝してもしきれません」
「いえいえ。回復魔法を使ったのはピリカさんですから。お礼はピリカさんにお願いします」
アレイスがピリカに向かって深々と頭を下げると、ピリカは「ひぃっ」と謎の悲鳴をあげて後退りした。
……魔族、意外とシャイなのかもしれない。
「魔族って、なんというか……朝から肉、いくんだな」
と、エルヴィンがぼそっと漏らした。
エミリはぱっと彼に視線を向ける。
ここに――同志がいた!
「昨晩もお肉でしたし、どうやら肉が主食のようですね。人間の皆さんは朝は何を食べるんですか?」
「俺はフルーツとか、軽いものが多いな」
「私はだいたいパンですね」
エルヴィンとアレイスの返答を聞いて、ああ、普通だ……とエミリは心の中で召喚術師を恨んだ。
なぜこっち(魔族側)に飛ばした。
朝食後、エミリは村長、ピリカ、エルヴィン、アレイスを呼び集め、状況確認のための小さな交流会を開くことにした。
まずは情報収集だ。わからないことは、聞いてみないと始まらない。
「コホン。それでは第一回交流会を開催します。プレゼンターは私、森沢エミリが務めさせていただきます」
「ぷ、ぷれぜん……?」
「なんだそれ、翻訳の問題か……?」
「エミリ様が神の国の言葉を……ピリカ、記録せよ!」
「は、はい!」
騒がしいが、無視して進めることにした。
「まず最初の議題です。『魔族とは? 人間とは?』」
するとエルヴィンがすっと手を上げる。
「はい、エルさんどうぞ」
「人間側の認識だけど――魔族は魔法を使い、特殊な能力を持っていて、ツノや羽といった身体的特徴がある。人間はそういう特徴がない」
……魔族の方が強くない?
なぜこんなに人間を恐れているのか疑問が湧く。
「魔族の皆さん、補足や訂正などありますか?」
「大体あっとるが、ひとつ加えるとすれば、人族は魔術を使うんじゃ」
「魔法と魔術って、どう違うんです?」
「魔法は体の中の魔力を使って発動する。魔術は魔法陣を描いて、魔石を使って外から魔力を引き出す。だから時間がかかるし効率も悪い。だが、予想もつかん術を出す者もいる。油断はできん」
「でも魔術を使える人は一握りで、基本は国に囲われてる。王の命令でしか動かない」
村長のデランに、アレイスが補足する。
「……ふむ。話を聞くかぎり、魔族の方が強そうですが、なぜ人間に怯えているのでしょうか?」
「魔族は強い。だが数が少ない。人間は多い。魔術もあるし、剣や弓も使い、大群で攻めてくる」
「しかも、ヘンテコな飛び道具まで使ってくるんです!」
「ヘンテコな?」
「魔道具のことだな。魔石を入れれば、魔法陣なしで攻撃できるやつ」
「なるほど、戦力は拮抗している……というわけですね」
うんうん、とエミリが頷いて、次の議題にうつる。
「では次の議題。人間側はなぜ魔王討伐に熱心なのでしょう? 魔王がいると世界が闇に包まれる的な展開? 実際に被害でも?」
ピリカが手を挙げる。
「魔王様はただの代表者です。数年ごとに魔族の中から選ばれるだけで、特に何か起きるわけではありません。にもかかわらず、人間はなぜか攻撃してくるのです!」
「……なるほど。魔王様は大統領みたいなものですね。あ、大統領って言葉はスルーしてください」
「ではなぜ、問題のない魔王を討伐しようと?」
「いずれ人間の国を滅ぼすから、その前に倒さねばならない――というのが、人間側の理屈です。歴代の王は異世界から強者を召喚し、魔術師とともに魔王を討ちに行くんです」
「ふむ……話を聞く限り、人間側の完全な被害妄想ですね? 国力があるからって相手の大統領を先制攻撃するなんて、私の世界でもまずい行為ですよ。ちゃんと理由がなければ」
もっともな理由があってもダメだろ、というツッコミは誰からも入らなかった。
「……いや、全く理由がないわけではない。過去に魔族が町を襲ったこともあった」
「それは人間たちが魔族領に入り、魔石を採掘しようとするからじゃ。理由もなく町を壊したりはせん」
「なるほど……レアアース問題ですね。私の世界でもあります。
要は、魔石が戦略物資だから、魔族側は勝手に採られるのを防ぎたい。で、勝手に取られたら――町を壊す。理にはかなってますね」
町を壊すのが理にかなっているのかはともかく、誰も否定はしなかった。
「大体、見えてきました。これは、ただの国際問題ですね?
ならば、魔王と人間の王の間に、私が入って仲裁をしましょう。第三者がいれば、きっと話し合いもうまくいくはずです」
エミリはふと、自分がカップルセラピーのカウンセラーみたいだなと思った。
夫婦のどちらが悪いというわけではない。ただ、お互いに相手の話を聞かず、自分の主張だけをぶつけ合うからこじれる。
間に立って橋をかけてあげれば、案外なんとかなるものなのだ――と、少し楽しくなってくる。
「なんか、エミリ殿ならできそうな気がする……」
「説得力がすごいな……」
「よくわからんが、神々しい……」
「女神様です!!」
気づけば四人から拝まれていた。