城内へ
意気揚々と城へ向かうエミリとエネルとは裏腹に、宰相アゼルだけは明らかに足取りが重かった。
恐怖を隠しきれないその背中に、エミリは冷ややかな視線をちらりと向ける。
――これで国を導くつもりだったのだろうか。
そんな皮肉めいた思いが胸をかすめた。
城へ着くと、固く閉ざされた正面門ではなく、アゼルの案内で裏手の鬱蒼とした林へと回り込む。
そこには扉らしきものは一切見当たらなかった。
アゼルは迷うことなく膝をつき、草をかき分けた。
やがて隠されていた鉄の取手を見つけると、両手で思い切り引き上げる。
「ここは……王族と宰相にしか知られておらん隠し扉だ」
開かれた穴を覗き込むと、じめりと湿った空気の中へ続く、真っ暗な階段が見えた。
「わしはここから逃げてきた。この通路にはまだ霧は入り込んでおらん。……だが、中は気をつけるんじゃぞ」
「ありがとうございます」
「エルヴィンが来るまで、じじいはそこで震えてろ」
エネルの雑な言葉にアゼルの眉が吊り上がったが、今は言い返す余裕もないらしい。
二人はそのまま階段を降り始めた。
暗闇は濃く、湿った石の匂いが鼻をつく。
魔族であるエネルは問題なく進めるが、エミリは数歩進んだだけで足元がまったく見えない。
自然と、エネルの手をぎゅっと握ってしまった。
かつては典型的な「夢の恋人」世代の魔族らしく、手が触れようものなら、慌てて距離を取っていたのに、今の彼は驚くほど落ち着いてその手を支えてくれる。
まるでそれが当然であるかのように。
「目を開けても瞑っても同じ暗さだわこれ……」
「そうか? そこまで暗くないが」
しばらく進むと、前方からかすかに光が漏れているのが見えた。
階段の先が城内へと繋がっているのだろう。
「霧に気をつけましょう」
エミリがそっと手をつき、押し出すように壁を押すと、隠し扉が外へと開いた。
そこは城内の中庭だった。
よく整えられた庭園が広がり、普段なら散策したくなる美しさだが、今はそんな余裕はない。
幸いここには赤黒い霧は漂っておらず、エミリは胸を撫で下ろす。
「ここからどう動くかだな。霧のない場所を探りつつ進むしかない」
人ひとりいない城内は、信じられないほど静まり返っている。
息を飲んだその時――
「おい、隠れるぞ。何か来る」
エネルに腕を引かれ、二人は大きな植木の影へと身を滑り込ませた。
足を引きずるような重い音が、ゆっくりと近づいてくる。
エミリの肩がびくりと震えた。
「な、なにあれ……」
やがて視界に入ったそれは、明らかに人間ではなかった。
皮膚は生気を失い、茶色がかった黒色に変色。
関節の動きはぎこちなく、目は虚ろ。
まるで、エミリがよく見ていた映像系サブスクの海外ドラマで出てくるゾンビそのものだ。
「霧に引きずり込まれたら……ああなるってこと?嫌すぎるわ……」
「俺も初めて見るな……あれが人間か?」
エネルの声にも特別な緊張はなく、観察するような響きがあった。
エミリも同じく、近づいて確認したいという興味が少しだけ湧いたが、行動には移さない。
ゾンビ的な外見だ。噛まれたらアウト、なんて設定がこっちに通用するのかは不明だが、その可能性はなきにしもあらずだ。
念のため気をつけるに越したことはない。
エミリは心の中で、あのドラマ制作者に深々と感謝した。全エピソードを何度も観ているおかげで、ゾンビ相手の立ち回りについては、必要以上に詳しくなっている。
まさか異世界で役立つとは思わなかったが、知識というものは本当に侮れない。
「……ショットガンが欲しいわ」
小声でこぼすと、隣のエネルが眉をひそめた。
「わけのわからんこと言ってないで行くぞ」




