王都へ
「申し訳ないが、俺と城に行ったところで捕えられて、父上には会えないだろう」
エミリはエネルと共に、エルヴィンに案内されて領主館の執務室へ足を踏み入れるや否や、
そう聞かされ、思わず言葉を失った。
エルヴィンと一緒なら王との謁見もすんなり行くと思っていたのに——
その淡い期待は、出だしからあっけなく打ち砕かれた。
「捕えられても、最悪エネルの魔法でなんとか——」
「城には魔族の魔法に対抗する防御魔術が埋め込まれている。容易く魔法は使えないぞ?先人の知恵の結晶だな」
エルヴィンの言葉に、エミリは息をのむ。
長年、魔族からの侵攻を恐れてきた人間たちだ。魔石を扱い、魔道具を生み出す知恵があるのなら、そんなことも可能だろう。
「じゃあ……エネルが騎士たちの魔石を使用不能にしたように、城の魔石も同じようにすれば防御魔術を無効化できるのでは!」
「俺でも、そんな大規模なことは無理だ」
エミリは自分の浅はかな考えにがっくりと肩を落とした。
確かに、国王が暮らす城にそう簡単に入れるはずもない。
ましてや駆け落ちし裏切り者となった王子と長年敵だった魔族、そして異世界から召喚したのにも関わらず魔族側についた人間が連れ立って訪れたところで、迎え入れられるどころか疑いの目を向けられるのが関の山だ。
沈黙を破ったのは、エルヴィンだった。
「……俺が先に城に戻る。その後、兄上に話をつけて、エミリ殿とエネル殿が入れるよう手引きする」
その言葉に、後ろで紅茶を準備していたアレイスが手を止め、ティースプーンを落とした。
金属の軽い音が、やけに響く。
「私もお供させていただけますよね?!一人なんて危険です!」
いつも穏やかなアレイスが、珍しく声を荒げる。だが、エルヴィンは無言で首を横に振った。
「お前が来れば、捕らえられて終わりだ。……ここで待っていてくれ」
第二王子を唆して駆け落ちした——王国がそう見なしている状況を考えれば、アレイスがここに残るのが最も賢明だろう。
けれど理屈では理解していても、長年護衛として仕え、今では恋人でもある相手を危険な場所へ一人で送り出すなど、アレイスにとってはあまりに酷な選択だった。
その表情を見て、エミリは静かに口を開く。
「アレイスさんも騎士です。ずっと守ってきたエルヴィンさんを一人で行かせて、ここで待つなんて……無理ですよ。
とりあえず、みんなで王都に行くのはどうでしょう?」
エミリの言葉に、部屋の空気が静まり返った。
アレイスは拳を握りしめ、まっすぐエルヴィンを見つめている。
その瞳には、長年仕えてきた騎士としての覚悟とそれ以上に、愛する者を危険に送り出したくないという切実な想いが宿っていた。
しばらく沈黙したのち、エルヴィンが小さく息を吐く。
「……お前のことはよくわかっている。ここで引き止めても、どうせついてくるのだろう」
アレイスはわずかに目を見開き、そして深く頭を下げた。
「当然です……死ぬ時は一緒だって言ったでしょう?」
その声には震えが混じっていたが、瞳は真っ直ぐで揺るがない。
エルヴィンは短く息をつき、困ったように微笑む。
「まったく……そんな約束、こんな時に持ち出すな」
そしてエミリの方を見やり、肩をすくめる。
「……死ぬなんて、縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
エミリが慌てて割って入ると、
エネルが腕を組み、一歩前に出て淡々と告げた。
「決まりだな。だが、ドラーグに四人は乗れん。王都までは別行動だ」
*****
エルヴィンとアレイスは数人の騎士を従え馬で、エミリとエネルはドラーグに乗り、それぞれ王都を目指すことになった。
馬の脚と比べれば、ドラーグの飛翔速度は桁違いだ。王都に早く着くのは間違いなくこちらだろう。
(着いたら、ちょっと観光くらいしてもいいよね……?)
ほんの少し浮かれた気分で、エミリはまだ見ぬ王都に想いを馳せていた。
これからどんな街並みが広がっているのだろう?王城はどんな場所なのだろう?そんなことを考えながら、目の前の風景をぼんやりと眺めていた。
だがその穏やかな時間は、すぐにエネルの低い声によって破られる。
「……ん? なんだ、あれは」
エミリもつられて視線を向けると、地平線の先に、街道を埋め尽くすほどの人々が列をなして歩いていた。
その行列はあまりに長く、まるで地の果てまで続いているかのようだった。




