魔術師の変化
「エミリ殿にはいつも驚かされる……」
「理論派だと思ってましたけど、けっこう武力的ですよね」
エネルとピリカが、騎士たちから魔石を回収し始めるのを見届けると、エミリはエルヴィンたちと共に領主館の扉を潜った。
「それって……私も魔族たちの“脳筋”仲間入りってことですか?」
ため息まじりに呟きながらも、内心では少しだけ図星を突かれた気がした。
最近は魔族と過ごす時間の方が長い。エネルなんて一日中一緒だ。気づけば、話し合うより先に行動が板についてきている。
――たしかに、武力的解決の方が手っ取り早い。
でも、それを認めるのはなんだか悔しくて、エミリは現実から目をそらした。
「……人は環境で変わるものです。それを“進化”と言うのよね」
(そう、たぶん……いい意味での、ね)
軽く自分に言い訳をしているうちに、ふと目に入った光景にエミリは思わず立ち止まった。
領主館の執務室。
そこには、軟禁されていたとは到底思えないほど、優雅に紅茶を嗜む男がいた。
湯気の立つカップに端正な鼻を寄せ、香りを確かめるようにゆるりと目を細める。
その仕草はまるで、貴族のサロンの一幕を切り取ったようだ。
そしてその佇まいは、隣に立つ第二王子エルヴィンよりも、よほど“王族”の風格を漂わせていた。
「……なんですか、この落差」
思わず小声で漏らすエミリ。
記憶を手繰れば、最後に会ったディランは、『人間側につくのは義務だ』『後悔するぞ』と、眉間に皺を寄せて説教じみた言葉ばかりを並べていたような気がする。
そのくせ、今の彼はといえば、
騎士たちを黙らせ、そして迷いもなく魔族側の理を口にする。
その変わりようは、まるで別人だ。
「……別人? いや、双子の兄弟と入れ替わってたりしませんよね……?」
呆然と呟くエミリの横で、エルヴィンが苦笑を漏らす。
「残念ながら本人だよ。……この町で何かを見て、考えを変えたらしい」
エミリは言葉を失ったまま、紅茶を嗜むディランを凝視し、眉をひそめる。
「考えを……?」
ディランは手元のティーカップをそっと置いた。小さく響く陶器の音が、やけに澄んでいた。
「この領主館で何人もの魔族と会う機会があった。戦場でしか知らなかった彼らとは違った。怒りも、悲しみも、笑いも……人間と変わらない。」
その声は淡々としていたが、不思議とよく通る。焔のような激情ではなく、雪解けのような静けさがあった。
「私は恐れていたんだ。違うものを理解しようとする前に、排除しようとしていた。それが正義だと、信じていた。……だが、違った。」
エミリは息を詰める。
彼の目は澄んでいる—けれど、その奥には深い疲労の色があった。
「自分がどれだけ狭い世界にいたのかを思い知った」
短い沈黙。
ディランはわずかに笑った。
「皮肉な話だろう? 人のために魔族を滅ぼすと誓った私が、今ではその魔族たちと過ごす方が息をしやすいんだ」
エミリは何も言えなかった。
あれほど頑なだった彼が、いまは穏やかに、まるで吹き抜ける風のように語っている。
その姿を見つめているうちに、エミリの胸に小さな記憶がよみがえった。自分も、かつて同じように考えを改めたことがあった。
海外に留学して、初めて「外の世界」に触れたあの日。それまで当たり前だと思っていた考え方が、いかに狭く、偏っていたかを痛感した。
人に教えられても、説得されても、心はなかなか動かない。
けれど自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じることによってやっと理解できることがある。
ディランもきっと、そうして気づいたのだ。
誰かに言われてではなく、自分の目で見て、自分の心で理解して。
エミリは小さく息を吐き、ほんの少し口元をゆるめた。
(……なんだか、ちょっと親近感が湧いてきたかも)




