トランベルへ
「ふむふむ……この方、魔族と魔獣、それに魔素の関係についてもかなり踏み込んで書いてますね。すごいなあ……」
手にした本を読みながら、エミリは感心したように小さく唸る。
「おい、歩きながら本を読むなって。段差につまずくぞ」
隣を歩くエネルが、呆れたようにため息をつく。
「エネル様ってば、お母さんみたいですねー」
ピリカの軽口に、エミリも思わずくすっと笑って本を閉じた。
三人は、目的地であるトランベルの町へ向かっていた。
領主館を出てからしばらく歩いたが、まだ王国の騎士団の姿は見えない。町の門が見えてくると、周囲の雰囲気が和らぎ、町人たちの明るい声が飛び交い始める。
「あっ、エミリ様たちだ!」
「ようこそー! 昼ごはん、よかったらうちに!」
「この野菜、今朝とれたばっかりです!」
魔族であるピリカとエネルに対しても、町人たちはごく自然に声をかける。少し前までは考えられなかった光景だ。
ピリカは、照れくさそうに頬をかいた。
「……こうして笑顔で迎えてもらえるの、ほんとにうれしいです」
「一緒に声をあげた人たちですから。絆って、こうやって強くなっていくんですね」
エミリの表情にも、穏やかな安堵が浮かぶ。
「で、その研究者はどこにいるんだ?」
隣を歩くエネルが、町を見渡しながら問いかける。
「トリスタン・ベームさんって方なんですが……えっと、とりあえず町の人に聞いてみるしかないですね」
エミリがそう答えたちょうどそのとき——
「おや、トリスタン先生をお探しですか?」
声をかけてきたのは、近くで荷車を引いていた中年の男性だった。
「はい、そうです! ご存じなんですか?」
ピリカが一歩前に出て尋ねると、男は笑って頷いた。
「そりゃあ町じゃちょっとした有名人ですからな。ちょっと風変わりですけど、悪い人じゃない。今なら研究所にいるでしょう。町の北側、ちょっと坂を上ったところにありますよ」
「ありがとうございます!」
三人は礼を言い、町人の案内に従って北へ向かう。やがて、石畳の坂道の先に、蔦の絡まる古びた建物が姿を現した。
玄関には、手描きの木製プレートがぶら下がっている。
《トリスタン・ベーム 魔素・構造・境界研究室》
「ここ、ですね」
エミリがドアノブに手をかけた、その瞬間——
中から、ものすごい音とともに何かが爆発するような衝撃が走った。
「うわっ!?」
「……なに、爆発?」
一瞬の静寂のあと、扉の向こうから、男の声が響いてきた。
「大丈夫だ! 失敗ではない! 成功の途中だ!!」
「……絶対あれ、成功してないですよね?」
ピリカがぼそりと呟くなか、エミリはしっかりノックして、元気よく声をかけた。
「失礼しまーす! トリスタン・ベームさんですか? 魔素について、お話をうかがいたくて来ました!」
こうして、エミリたちは“魔素の異変”の鍵を握る研究者、トリスタンと出会うのだった——。




