囚われの魔術師
「……で、そいつも連れてきたわけか」
エルヴィンは引きつった笑みを浮かべながら、爆音と共に正面玄関から堂々と登場したエミリ、エネル、そして拘束された王国の魔術師を見やる。
「久しぶりだな、ディラン」
「……ご無沙汰しております、殿下」
短く交わされる、緊張をはらんだ言葉。
そのやり取りをよそに、エミリは明らかに不機嫌な顔で眉間に皺を寄せた。
「ちょっと聞いてくださいよ! 騎士がですよ? 拳銃なんて飛び道具使ってくるんですよ!? 騎士精神どうなってるんですか!? しかも、魔石!エネル、全部の魔石止めたんじゃなかったの!?」
エネルは軽く肩をすくめて言い返す。
「止めたのはあの魔導師のやつだけだが?」
「そこは他の奴らのも全部封じるくらいの気遣いをしてくれてもよくないですか!? 死ぬかと思ったんですけど!?」
「お前にはちゃんと結界張ってただろうが。どこに怒る要素がある」
「張ってたって弾が飛んできた時点でダメなんですよ!! 心臓に悪いの! 心臓発作起こしたらどうするんですか?わかります!?」
言い合いがヒートアップしていく中、エルヴィンは思わず額に手を当て、深いため息をつく。
「……エミリ嬢、まずは少し落ち着いてくれ。本当に、お願いだから…」
応接室の空気が、ひときわ重く沈んでいた。
魔術師ディランは拘束を解かれ、無表情のまま椅子に腰掛けている。背筋は伸び、まるでここが尋問室であることすら意に介していない様子だ。
向かいに立つエミリは、しばらく無言で彼を眺めていた。
視線はまっすぐ。けれど、その目にはどこか探るような、皮肉を込めた色が宿っている。
「……ふーん、さすが王国直属の魔術師様。緊迫感ゼロのこの部屋でも、“威厳”ってやつは忘れないんですね」
ディランは眉一つ動かさず返す。
「当然です。我は王の命を受け、ここにいる。
あなたがどう思おうと、我々人間の側につくのは、あなたの義務のはずです」
「はいはい、義務ね。召喚されたからには忠誠を、と。もう何度聞いたかな、そのセリフ」
エミリはわざとらしく首を傾げて微笑んだ。
「でも、その義務って、どこまでなんでしょうね? 召喚したら命令聞いてもらえるって前提、おかしくないですか?」
ディランの目がわずかに細くなる。
「……あなたが魔族と行動を共にしている以上、王国はあなたを中立とは見なさない。敵対と判断されても、文句は言えないでしょう」
「へえ、なるほど。じゃあ私に、魔族を助けた罪があるとして……聞きたいんですけど」
エミリは一歩、彼に近づいた。
微笑を保ったまま、その目には冷たさが混じる。
「魔族って、人間側に何をしたんですか?」
ディランが言葉を詰まらせたのは、ほんの一瞬だった。
「魔族は、かつてこの大陸に戦乱をもたらした。多くの犠牲を生んだ敵です。今は動いていなくても、その危険性は——」
「うん、それ、昔の話ですよね」
エミリはぴしゃりと遮った。
「“今”じゃなくて、“かつて”って自分で言ってた。過去の戦争を今の魔族に背負わせて、それで敵視するって、理不尽だと思わないんですか?それに人間側も魔族に攻撃していたならお互い様では?」
ディランは目を伏せず、正面から彼女を睨み返す。
「感情で動いてはならない。国の安全を守るのが我々の責務だ。可能性があるなら、潰すべきだ」
「なるほど。じゃああなたたち王国の魔術師は、“危険になりそうな可能性”がある人は全部潰すんだ。予備軍もろとも、全員ね?」
エミリの声に棘が混じり始める。
「だったら——魔術で人を操ったり、記憶を消したりするのも正義なんですか?」
エミリの声は静かだったが、確かな怒りを帯びていた。
「人の心をねじ曲げられて、まるで操り人形みたいにされたデラルド伯爵のことはどうなるんです? あれは必要な手段で済ませられるんですか? 王国側のやり方なら、どんな非道でも目をつぶれるっていうんですか?」
彼女はディランを見下ろすように一歩、詰め寄る。
「それがあなたたちの言う秩序とか正義なら、私には脅威でしかないですよ」
ディランの顔に、わずかに動揺の色が浮かんだ。
だが、すぐにかき消される。
「それは…例外的な措置だ。状況に応じて必要と判断されれば——」
「へえ、怖いですね。例外って、誰が決めるんです? 上に立ってる誰かが、この子は危ないって言えば、操ってもいいってこと?」
彼女はくすりと笑った。
「なるほど、人間側の方がよっぽど魔王みたいじゃないですか」
一瞬、ディランの喉が動く。反論の言葉が喉元まで上がってきたが、飲み込まれた。
エミリは彼の反応を見逃さなかった。
少しだけ勝ち誇ったように、言葉を重ねる。
「私は、目の前で一緒に笑ってくれる人たちを信じますよ。どこの国に属してるかじゃなくて、どう生きてるかを見て判断したいの」
沈黙が流れる。
ディランは、まるで何かを押し殺すように目を細め、エミリをまっすぐに見つめ返した。
「……信じる先を間違えれば、後悔するだけです。あなたがそうならないことを祈りましょう」
「その忠告、ありがたく聞いておきます。たぶん聞くだけですけど」
エミリはディランの顔をしばらくじっと見つめていたが、やがてふっと微笑み、くるりと背を向けた。
「うーん、今のところ話し合いの余地は……半分くらいってとこですかね」
彼女は歩きながら軽やかに言葉を続ける。
「というわけで、エネル。この人、とりあえずここから出られないようにしておいてください」
「……おい、それ軟禁って言うんだぞ?」
「そうですよ?軟禁です。もちろん、丁寧に、紳士的に。ご飯もお風呂もちゃんと出します。あとお散歩は領内限定でお願いしますね」
ディランが憮然とした表情で立ち上がろうとすると、エネルが目で制する。
「おい、冗談じゃ……!」
「安心してください、ディランさん。拘束なんて物騒なことはしませんよ」
エミリはにっこり笑ったまま、さらりと続ける。
「ただちょっと今、私いろいろ取り込み中でして。ディランさんの件は、後回しにさせていただきますね」
言いながら、まるで書類の山にクリップを留めるかのような気軽さで手をひらひらと振る。
「落ち着いたら改めて、じっくりお話しましょう。ね?」
エミリは振り返って微笑んだ。
「それに、もう少しこっちの空気、吸ってみてください。偏見って、知らないままだとずーっと更新されませんから」
その笑顔は柔らかかったが、しっかりと釘を刺していた。
「……私は、魔族の味方ってわけじゃないんです。ただ、今のところ——人間側の方が、よほど怖いことしてますから」
静かに、しかしはっきりとそう言い切ると、エミリは部屋を出ていった。
扉が閉まる音が、応接室に乾いた余韻を残した。




