What is that?
怯えるピリカをよそに、エミリは迷いなく二つの人影へと歩み寄った。
そこには、地面にうずくまる傷だらけの青年と、彼を庇うように立ちはだかるもう一人の青年。こちらに気づいたその青年が、剣を抜いて構えた。
『魔族か!近づくな!こいつに手を出したら容赦しない!』
……全然、何言ってるのかわからない。
エミリは瞬きを二つして、隣のピリカをちらりと見た。
「エミリ様っ、人間です!あの二人、人間ですから!近寄っちゃダメですっ!!」
ああ、なるほど。人間だったのか。だから言葉が通じないんだ。
――って、待って? 私も人間なんだけど。ホモ・サピエンスなんだけど?
異世界の人間はホモ・サピエンスじゃないとか? いや、言語が違うだけか……魔族だけに通じる翻訳魔法でもかかってるのか。興味深いな……。
エミリは顎に手を当て、思考の迷路に入りかける。
「エ、エミリ様!?聞いてらっしゃいますか?」
「ああ、聞いてますよ。ちなみにピリカさん、私も一応人間ですからね?」
そう言いつつ、エミリは両手をゆっくりと上げた。
――非武装、敵意なし。世界共通の意思表示。
銃なら撃たれて終わりだけど、剣ならひょいっと避ければ何とかなる。
『なんだその構えは!魔法か?!』
どうやら異世界では通じなかったらしい。
警戒が一層強まった気配に、エミリは「しまった」と肩をすくめた。
それなら、とエミリは試すように自分の腕時計を指差した。
『なんだ?』
男がわずかに眉をひそめ、何かつぶやく。
続いて、ボールペンを取り出して見せる。
『また何か出した!それはなんだ?!』
来た。
エミリの目が、ふっと細められる。
――目的達成。同じ言葉を繰り返している。
たぶんそれが“なに?”の意味。難民キャンプで、小さな子どもたちと指差しと繰り返しで言葉を交換し合った日々がよみがえる。ちょっとだけ胸が熱くなった。
「なるほど」
と呟いて、倒れている青年を指さし、剣を構える青年に向かって堂々と言った。
『それは、何だ?』
青年が一瞬目を見開く。
『お、お前……言葉がわかるのか……?彼は俺の大切な人だ怪我をしている!』
「えっ!?エミリ様、人間の言葉がわかるんですか!?」
エミリは二人の反応を見て、笑みを浮かべる。
なにを言っているのかわからないままだが警戒は薄れるだろう。
にっこりと笑いながら、自分を指差す。
「エ・ミ・リ」
そしてピリカを指差して、青年の様子を見る。
『魔族?』
青年はピリカを見て、何か話し、首を傾げる。
エミリは「うんうん」と頷いてから、今度は自分を指し、首を横に振って青年の言葉を繰り返す。
『魔族』
青年は剣を少しだけ下ろし、何かを呟く。
『確かに……ツノも羽もないし……人間か?』
緊張がわずかに和らいだ空気を感じながら、エミリはピリカに振り返った。
「ピリカさん。あの倒れてる人、治してあげられる?」
「で、でも……人間です。助けたあとで何をされるか……」
「だからこそ、今なんですよ。言葉より、行動の方が伝わります。これが、分かり合える第一歩になるかもしれません」
ピリカは迷い、唇を噛んだ末、小さく頷く。
「……エミリ様がそうおっしゃるなら」
ゆっくりと歩を進め、うずくまる青年の傍にしゃがみこむと、両手をかざして回復魔法をかけた。
『な、何を……? 回復魔法? 魔族が……俺たちを……?』
青年の声には、もはや恐れではなく、戸惑いと混乱がにじんでいた。