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カリア王国

エミリが魔王城で社畜相手に奮闘していた、

まさにその頃──

カリア王国の王都では、王が密かに重臣を集め、異例の協議に臨んでいた。

朝の光が斜めに差し込む会議室。

その温もりとは裏腹に、空気は凍てつくような緊張に支配されていた。

「……もう一度言え、アゼル」

アルマス王の声は低く、鋼のように研ぎ澄まされていた。

膝をついた老宰相アゼルは、手元の書状を一瞥し、深く息を吐いた。

「はい、陛下。国境に面する町ナフレアにて、不可解な動きが確認されております」

「不可解な動きだと？　アレンクス伯爵からの報告は未だ届いていない」

「それが、問題なのでございます。現地の密偵の報せによれば──魔族と、黒髪の異国風の女が、民を率いて行進し、領主邸前にて座り込みを行ったとのこと」

会議室の空気がわずかに揺れた。

アルマス王の眉がぴくりと動く。

怒りとも、警戒ともとれる沈黙に、廷臣たちは息を潜めた。

「魔族が、我らの民を使って動いた、ということか」

「その可能性は否定できませぬ」

アゼルの答えに、王は瞼を伏せるように視線を落とし、指先で玉座の肘掛けを軽く叩いた。

「それで？」

「……以後、ナフレアでの魔石採掘は完全に停止しております」

「アレンクス伯爵には、何があっても回収せよと魔術契約を課していたはずだ。あれすら破られたのか」

「はい。定期の報告も、数日音信が絶たれております」

深い皺が、王の額に刻まれる。

「……ディラン」

「はっ」

重苦しい沈黙の中、鋭い声に即座に反応した男が一人、前に進み出た。

三十歳前後、漆黒の法衣をまとい、胸には魔術師のみ持つことのできる魔印が淡く輝く。

魔術顧問──ディラン・ルゼイン。

契約魔術において王国内随一の権威とされる、王の影の切り札だ。

「問う。アレンクス伯爵に課した魔術刻印……追跡状況は？」

「……完全に途絶えております。刻印そのものが破棄、もしくは別の術式に上書きされた可能性が高いかと」

会議室に、冷気すら感じられる静寂が落ちた。

王権の象徴たる魔術が破られるなど、通常ならあり得ぬ事態だ。

「そんな術は存在しないと聞いているが？」

ディランはわずかに首を横に振った。

「我々人間には、です。しかし……」

「しかし？」

「魔族であれば、不可能とは言い切れません」

王は黙したまま、深く椅子に身を沈める。

その視線の先で、アゼルがさらに口を開いた。

「……また、民草の間で奇妙な噂が広がっております」

「噂？」

「『神託の者』を名乗る黒髪の女が、魔族の地より現れ、理と正義をもって人々を導いていると」

「……」

「名は──“エミリ”」

その名が出た瞬間、アルマス王の目が細く、鋭くなる。

「異国風の黒髪の女……。召喚の儀で現れる者は、古来より黒髪だという言い伝えがある。だが、あの儀は失敗だったと報告を受けているが？」

「はい。妨害を受け、座標が乱れ、魔方陣は崩壊。召喚対象の痕跡も捕捉できませんでした。……ですが、もしかすると…」

王は沈黙のまま拳を握りしめた。

爪が皮膚に食い込むほどに、強く。

「見誤れば、内から崩れる。国は滅ぶ」

「陛下……」

王はゆっくりと立ち上がった。

「──その女を、大至急調査せよ。ディラン、お前が行け」

「御意──必ずや真実を掴んでまいります」

廷臣たちが動き始める中、王は窓の外を見据えた。

冷たい陽光に照らされたその横顔には、焦燥でも怒りでもない、

ただ一つ、「支配者としての決意」だけが浮かんでいた。