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ビタミンを欲する

エミリは、紛争地、貧困国、辺境の村から国際都市まで──名の知れた国はほとんど訪れている。学生時代の留学に始まり、休暇はバックパッカーとして世界を巡り、働いてからはNGOの現地調整員として、危険地帯も含めて数えきれない土地を踏んだ。




だからこそ、心得ている。




郷に入っては郷に従え。




イタリア人の前でパスタを折って茹でてはいけないし、カルボナーラにクリームを入れてもいけない。


アルデンテの麺に、生卵の黄身と、頬肉の塩味、チーズの香り、黒胡椒の刺激──それが正解だ。郷のルールは、郷の敬意でもある。




「……あの、エミリ様? あの、お話、聞いておられますか?」




「あ、はい。すみません、意識が元来た世界へ飛んでおりましたが、ちゃんと聞いておりますよ。お食事のことでしょう?」




「あ、はい。お口に合うか分かりませんが、こちらをどうぞ」




魔族の料理は初体験だった。どんな国の料理も試してきたが、ここは未知の領域だ。




色んな国の料理を食べたけれど、魔族の料理はまさに未知の領域。


お皿に載せられているのは──肉。


さらにその隣も──肉。


あれ、また肉…これなんの肉?




肉、肉、肉のフルコース。




肉の山、肉の海、肉の嵐。


赤身、燻製、串焼き、煮込み、どう見ても肉。


肉の量に、むしろ人間の食欲が追いつかない。



だが、ありがたいことに、どの皿にも真心が込められているのがわかる。




エミリはスプーンを手に取り、小さく息を吐いた。


「さて、郷に従いますか」




****




ありったけのプロテインを摂取し、明日は確実に胃もたれ――そんな未来が見える。




「なにか……レモン的な、柑橘系的な、さっぱりした……そういう何かを……体が欲している……」




エミリは食後の呪文のようにぼそぼそと唱えながら、テーブルに突っ伏していた。




そんな彼女のそばに、先ほどから料理をサーブしてくれていた、可愛らしい魔族の少女が控えていた。ややおずおずと、しかし礼儀正しく口を開く。




「しょ、食後に、お飲み物など……いかがですか?」




――飲み物。水。




それは海外で最も気をつけるべきもののひとつだ。


現地の人々は平気でも、よそ者が飲めばたちまちお腹を壊し、下手をすれば入院沙汰。国によっては笑えないことになる。




だが、エミリだ。


某スパイシー大国で一年間働き抜いた鉄の胃袋をもっている。そう簡単には負けない。




「ありがとう。じゃあ、いただこうかな。ところで……ここの水って、どのように手に入れてるんですか?」




少女は一瞬ぽかんとした顔をしたあと、にこりと笑って答えた。




「え? 水魔法、ですけど?」




……ああ、そうきたか。


エミリは小さくうなずく。異世界、そうだった。人智を超えたものが普通に存在している世界だ。




(でも……どこから?


 それに含有成分や衛生処理の工程は……?)




飲む前から、エミリの頭の中では無意識に「水質調査チェックリスト」が立ち上がっていた。 




謎の飲み物を飲み終えたころ、魔族の少女――ピリカが、エミリを村の近くの森へと誘ってくれた。


「お散歩、行きますか? このへん、風通しもよくて気持ちいいですよ」




ようやく体も村の空気に慣れ、足腰がまともに機能してきたエミリは、願ってもないお誘いににっこり頷いた。



森でフルーツ的な何かを見つけたらすぐ持って帰ろう、そうしよう。体がビタミンを欲している。

そう固く誓いながら、エミリはハンターの目つきになった。目指すは果物。目的は胃腸の調整。




だがその横で、ピリカはというと、ちらちらと森の奥に目をやりながら、どこか落ち着かない様子だった。




「ピリカさん? もしかして森って、ちょっとアレな感じですか?モンスター的な何かが出るとか?」




「……今日は、ちょっと変なんです。気配が……いつもと違う」




慎重に森を進んでいくと、木々の奥、洞窟の入り口付近に、何かが蹲っているのが見えた。二つ。人影のような、でもどこか異質な気配。




エミリの中で、一瞬にして「ビタミン探し」の優先順位が大幅に下がった。





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