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海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません  作者: ソニエッタ
異世界の仕事改革

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領主と民

行進の終着点ー領主の館は、ナフレアの町を見下ろす小高い丘の上に建っていた。




白い石造りの壁は静かに圧を放ち、巨大な鉄門は固く閉ざされている。


その前には、盾を構えた兵士たちが一列に並んでいた。表情は硬く、明らかに「歓迎」する雰囲気ではない。


「兵士が、待機してますね……」


ユリオが小声で苦笑する。


「このまま進んだら、衝突かもな」


隣でエネルがぼそりと呟いた。


「いえ、予定通りです」


エミリは迷いなく一歩、前へ出た。




「皆さん、プラカードを掲げてください。ここからは“無言の抗議”です!」


民たちは一斉にプラカードを掲げた。


「ここが本丸です!」


エミリが高らかに宣言すると、疲れた顔の住民たちも気合を入れ直した。目の奥には、確かに火が灯っていた。




「では皆さん、腰を下ろしてください。これより“平和的座り込み抗議”を開始します!」


「え、座るの?」

「……抗議って、そういう感じ?」

「もっと騒ぐのかと思ってた…地味じゃね?」


どよめく声が広がる。だが、エミリは真剣だ。


座り込みーーそれは、民が静かに、しかし確実に抵抗する方法だった。声を荒げず、武器も持たず、ただ“動かない”ことで精神的にじわじわ攻撃する方法だ。


兵士たちは戸惑い、顔を見合わせた。


「な、なんだこれは……?」

「戦う気は……ないのか?」



緊張のなか、エミリは悠然と腰を下ろす。


「戦いませんよ。座るだけです」




それはふざけているようでいて、誰よりも覚悟ある行動だった。

次々と住民たちも座り始める。

無言のプレッシャーが、丘を静かに包み始めた。



エネルが隣に座りながら、やや呆れ顔で言う。


「……本気で意味あると思ってんのか?」


「もちろんです。歴史が証明してますよ。民衆ができる最大の抵抗手段、それが“座り込み”です!」




数時間後――館の中がざわつき始めた。


門の奥から、慌てた兵士や使用人たちが出入りしはじめ、やがて、一人の男がよろよろと姿を現した。


ナフレア領主、デラルド。


だが、その姿は異様だった。

頬はこけ、目は虚ろ。痩せた体を引きずるように現れた彼には、領主としての威厳は欠片もない。


「な……なんだ、この騒ぎは……魔石は……魔石はどこだ……?」


エネルの目が鋭くなる。


「…ん?あれは、精神干渉の痕だな……」


彼が手を軽く動かすと、風が領主の周囲をかすめた。

次の瞬間、デラルドは目を見開き、がくりと膝をついた。


「うっ……頭が、割れる……な、何が起きて……?」


エミリがゆっくりと立ち上がり、彼に声をかける。


「領主さん、いまの状況、理解してますか?」


デラルドは顔をしかめ、震える声で答えた。


「わ、私は……王宮に呼ばれて……そのあとは……記憶が……まさか、王が……私に、魔術を……?」


ざわめきが広がる。民たちは、言葉を失っていた。

国が、王が、己の利益のために領主を操っていた?


その衝撃が、空気を重くさせる。


デラルドはよろめくように腰を下ろし、額を押さえた。

「……私は、ずっと……民のためにと思ってやってきた。なのに……その想いすら、操られていたとしたら……」


声がかすれ、絞り出すように言葉が続く。


「じゃあ……私は……何のために……誰のために、ここにいた……?」


静寂が落ちる。

その問いに、誰もすぐには答えられなかった。


そして、ぽつりと、


「……国は……もう、信じられん……」


その呟きには怒りも憎しみもなかった。

あるのは、ただ、深い喪失と、自責と、空白だった。


そう呟いたデラルドの肩は、まるで何かに押し潰されたかのように落ちていた。


その姿を見つめていたエミリは、一瞬考え込んだあと、ふと口元を緩めた。


「だったら…“独立”しちゃえばいいんじゃないですか?」


その場の空気が、一瞬にして凍りついた。


「……なん、だと……?」


「上が腐ってるなら、繋がっている必要なんてないと思います。王都からは距離がありますよね?物資の流れも限られてる。むしろ、国に“吸い取られてる”って、住民の多くは感じてるんじゃないですか?」


言葉は静かだが、鋭く的を射ていた。


まるで、誰も口にしなかった“本音”を抉り出したような空気が走る。




「ば、馬鹿を言うな!」


デラルドが声を荒らげる。顔が赤く染まったのは怒りか、それとも恐れか。


「王国を敵に回してどうするつもりだ! 戦にもなれば、この土地は……!」


「本当に戦になりますか?」


エミリの声は落ち着いていた。むしろ、やさしさすら帯びている。


「ナフレアは魔族領に近い。王国よりも、こっちの方が地理的には近いんです。

だったら、魔族と対話すればいい。守ってもらう関係を築ければいいんです」


「な、なんという……この娘、正気か……?独立なんて……ほんとにできるのか……?」


「魔族は、それほど人間全体に敵意を持っていません。ちゃんと交渉すれば、互いの利益を考える余地はある。ただし、皆さんは、魔石を採らない。召喚魔法にも手を貸さない。それが条件です」


それは、この地に生きる者たちの「立ち位置」を根本から変える提案だった。



デラルドが顔を上げた。


その瞳には、先ほどまでの絶望が、ほんのわずかだが色を取り戻していた。


「……私は……ずっと迷っていた。王に従うことだけが、民を守る唯一の道だと思っていた……」


彼の手が震えている。けれど、それでも、拳を握りしめていた。


エミリが静かに語りかける。


「だったら…これから一緒に、考えていきましょう。王じゃなく、民のためのやり方を」


沈黙が落ちる。


だがその沈黙は、もはや諦めの静けさではなかった。

ついさっきまでただの行進に過ぎなかった集団が、

いまや、ひとつの地域を動かす“政治の原点”へと、確かに変わろうとしていた。


そしてエミリは、ふと口元に笑みを浮かべ、さらりと言い添える。


「あ、そうそう。独立のことはあまり心配しないでください。こちら側には、心強い味方がいますので!」


一瞬の静けさの後、誰かがふっと息をつき、ざわめきが広がっていく。

驚きと、戸惑いと、そしてどこかに混じる期待…


その空気の中、エネルが冗談めかして呟いた。


「……一番ヤベえのは、この女だな。

魔王より先に、人間の国が討伐すべきはエミリだろ」


エネルの冗談に、あちこちで笑いが漏れた。

空気が、ほんの少し、やわらいでいく。



難しい話は、まだこれからだ。

でも、誰かが声を上げれば、世界は少しずつ変わっていく。

みんなの笑顔は、そう語っているようだった。




その頃、魔族領・ダルーナ村。


木陰で休んでいたエルヴィンが、突然くしゃみをした。


「……ハクシュンッ!!」


ばさばさと飛び立つ鳥たち。


「……誰か俺の悪口でも言ってるのか?」


目をこすりながらぼやくエルヴィンに、傍で薪を運んでいたアレイスがふと立ち止まり、肩をすくめる。


「悪口ならともかく、エミリ殿が何かとんでもないことを言い出してたりして?」


エルヴィンは目を細め、空を見上げた。


「……嫌な予感しかしねぇな……」




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