表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません  作者: ソニエッタ
異世界恋愛改革

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/67

違和感

……そんな若者たちの共同生活の様子を、実はもう一人、別の場所から見守っている者がいた。


森の外れ、人気のない高台にひとり、腰を下ろしている男。

その名はエネル。


彼は、深い緑に包まれた森の中に、ひっそりと息を潜めていた。

手のひらで触れる水晶スクリーンは、彼の命とも言える道具であり、いまやその映像をじっと見つめていた。


彼の表情は、いつものように冷静で無感情だ。


まるで目の前に広がる景色が、彼にとって何の感慨も与えないかのように。

だが、画面の中で誰かがわずかに目をそらすたび、手が触れそうになってあわてるたびに、その冷徹な眉がわずかに動く。


──これは……くるぞ。


水晶の中、映像は瞬時に一瞬を切り取った。

ハンナが浴場から濡れたまま飛び出してくる。

その後を慌てて追いかけるジャン。

耳まで真っ赤になり、まるで初めての恋に舞い上がっているかのようだ。


エネルの口元が、ほんの一瞬だけ、わずかに動いた。


その微細な変化に、もし誰かが気づけば、彼の表情の奥に潜む心情が見て取れたかもしれない。


「……ジャン、おまえ、やっと気づいたのか……」


隣には誰もいない。

だが、エネルはひとり静かに頷いた。

その瞳は何も語らず、無言のままで、水晶の映像をじっと記憶に刻み込む。


──そして、ふっと静かな呟きが漏れる。



「……これはもう一回、巻き戻して確認しておこう」


周囲には誰もいないのをいいことに、エネルは水晶に手をかざし、“本日のまとめ映像”を数秒巻き戻す。


濡れたハンナ、慌てるジャン、赤く染まる耳。

その一連の流れが、エネルの心の中でゆっくりと形作られていく。


満足げに、再び頷く。


「……完璧な布石だ。さて、ここから関係性がどう変わっていくか…楽しみだな」


その瞳の中には、まるで舞台の観客のような静かな期待が宿っている。

冷静沈着な顔のままで、内心はすっかり“視聴者モード”に突入している。


まるで、誰よりも真剣に推しの行方を見守る者のように。


だが、次の瞬間。

画面が突然、ひときわ不穏な音を立てた。



水晶の中で、ふっとノイズが走る。

一瞬だけ、色彩が歪み、映し出された室内が不自然なまでに“静けさ”に包まれた。

まるで時間が止まったかのような、全てが凍りついたような感じ。

その歪んだ映像が、エネルの心にすぐさま危機感を告げる。


エネルは首をかしげ、スクリーンの表面に手をかざす。


(……通信の乱れか?)


だが、その直感が告げるのは、ただの乱れではない。


すぐに、現在の共同生活の映像を確認した。

そこに映し出されるのは、眠っている若者たちの姿。

正確に言えば、“眠っているように見える”。


だが、何かが違う。


誰も寝返りを打たない。

まるで時間が止まったかのように、完全に静止している。

息遣いすら感じられない、無表情な人形たちが並んでいるかのような光景が広がっていた。


エネルの表情が、ほんのわずかに硬くなる。

その違和感に敏感に反応するように、彼の指先が水晶に触れたまま力を込める。


次に、手を動かして別の部屋の様子へと切り替える。

だが、そこでも同じだった。

誰一人として動かず、呼吸すら見えない。


(……これは)


エネルは静かに息を吸い、指の力をさらに強くする。


その瞬間、スクリーンの隅に、黒い影が一瞬だけよぎった。


それは、まるで映像の外縁を滑るように、何かが通り抜けた瞬間だった。


それはただの気配のようで、また、何か別の意思を持った存在がその場にいたようにも感じられた。

影は一瞬で消え、映像は再び静寂に包まれる。


エネルは小さく息を吐き、立ち上がる。

その目はもう、ただの観察者ではない。


「……これは、ただの“観察”では済まされないか」


ついさっきまで、推しの恋路を楽しんでいた男の表情が一変した。

その瞳は冷静さの中に、確かな危機感を滲ませる。


推しの恋模様を楽しむはずだった夜は、いつの間にか、

誰も目覚めぬ長い夜へと変わろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ