恋愛の自由
前回、食について分かり合えた――かは怪しいが、その結果、エミリたちの食卓には野菜や果物が並ぶようになった。
「私、当分は野菜だけでいいかもしれません」
「俺も同じことを思ってた」
ピリカの視線が気にならないといえば嘘になる。彼女は毎回、こいつら正気か?という目でこちらを見てくる。だが、あれはあれで正直なのかもしれない。
「でも、イメージが変わりました。魔族って、私たちの国では“悪の象徴”みたいな存在だったから。こんなに親切で、純粋な方が多いなんて思いもしませんでした」
「よくあることですよ。私のいた世界でもそうでした。偉い人たちが都合の悪いことを市民に伝えないんです。お芝居や本で嘘や誇張された話を流して、相手を“悪”に仕立てあげることもある。外に出ない人は一生、それが真実だと思い込んだままなんです」
それは異世界の話ではない。地球でもそうだ。マスコミもどこまでが本当かわからない。一般市民は、ほんの一握りの権力者の描いた枠の中で踊らされている。
「俺たちは…逆によかったのかもな。逃げるように人族の国を出たけど、自分たちの目で“本当”を知ることができた」
「……そうですね。あなたと離れるくらいなら、死んだ方がマシだと森に逃げ込んだけど――正解だったかもしれません」
そう言って、アレイスとエルヴィンは手を取り合い、見つめ合う。
……あー、そういうことですか。
エミリは脳裏に、留学時代の数々の失恋エピソードがよみがえる。
顔がいい。おしゃれ。話が上手くて、清潔感がある。ショルダーバッグかトートバッグを持っている。
――そういう素敵男性の96%は、女性に興味がなかった。(※独断と偏見の森沢えみり調べ)
じゃあ、異性に興味がある男性はどうなのかというと――
この話は、ここでやめておく。
毎年、来たばかりの女の子たちが彼らに恋をし、同性愛者と知って片っ端から撃沈していく。だって、そりゃ惚れるよね。素敵だもん。
だが、エミリほどの“プロの失恋家”になると、自分の好きだった人が彼氏と犬を連れてお散歩デートしてても、ショックすら感じない。
むしろこう思うのだ――「ありがとう。幸せのおすそわけ、ありがとう」と。
あの国には、他国とちがって、宗教や政治的な制限から解放されて、自由に愛を表現できる空気があった。みんな笑って、のびのびとデートしてた。
……素敵じゃん?と、エミリは思っている。
「エミリ殿?大丈夫ですか?」
「俺たちが急にこんなこと言って、気持ち悪かったか?」
「あ、すみません。また過去に飛んでました。でも、どうして気持ち悪いなんて思うんですか? ただ、好きな人と一緒にいるだけでしょう?」
世界にはいろんな形の愛がある。二次元の恋人だっているし、それを否定する権利は誰にもない。
「こちらでは、同性の恋愛は禁止されているんですか?」
「ああ、そうだな。特に俺とアレイスの家は……家柄的に後継ぎが必要になるから」
「そのへんの親戚の子にでも継がせればいいじゃないですか。あなたたちの人生は、あなたたちのものですよ。一度しかない人生、誰かの期待通りに生きてたら後悔します。私なら、精神的に壊れますね」
両親には申し訳ないけれど、エミリは夢を捨てられなかった。
三カ国語以上を話して、海外で暮らすこと。
安定した仕事をして日本にいれば、安心させられただろう。でも、それは“自分”の人生じゃなかった。
そしていま――彼女は異世界にいる。
「……確かにそうだな」
「そうですよ。他人の顔色を伺ってばかりじゃ、自分が幸せになれません。まずは自分を幸せにすること。それができてはじめて、人も幸せにできるんです」
「……家のこともいろいろ考えましたけど……今回の選択、間違ってなかったって思えます。だって、私は今、エルヴィンと一緒にいられて幸せだから」
「その調子です」
「エミリ殿……なんか、人生相談で食っていけそうじゃないか?」
「うん私も思いました。説得力あるし」
「ちょっと、拝んどこ」
「うん、拝んどきましょう」
そしてエミリは今日も拝まれるのであった。