プロローグ
「東丘動植物園のニシローランゴリラのシャバーヌはそのりりしい顔立ちからイケメ…」
「お姉ちゃん、何でテレビ変えるの!!」
晩ご飯を食べながらテレビを見ていた加藤沙南は、若手芸人のぶらり旅で訪れた動物園で、画面にゴリラの姿を見た瞬間、反射的にリモコンを握りしめ、ボタンを押した。
映し出されたのは、今話題の3チャン、『恋に翻弄されて困っています』、略して「こいほん」。
少女漫画のような恋愛ドラマのキラキラした映像が流れる。
――ああ、またやっちゃった。
自分の行動を振り返って、沙南は小さく息を吐いた。
「ごめん、北斗、ちょうど見たかったんだ。前回良いシーンで終わったから」
小学6年生の北斗は、むっとした顔でふーんと鼻を鳴らす。
とは口で言ったものの……
――半分本当で、半分嘘。
このドラマを毎週かかさずチェックしているほど好きだけど、いつもはテレビで見ずに寝る前に見逃し配信で見ている。だから、「ちょうど見たかったんだ」の「ちょうど」は嘘になる。
「沙南、今度の文化祭で脚本書くんだってさ」
台所で皿を洗いながら、母・未奈美がひょいっと顔を出した。
「すごいね、姉ちゃん! だから、その勉強?」
キラキラした目で北斗が見てくる。
「……まぁ、そんなところかな!」
沙南は、苦笑いを浮かべる。
「頑張ってね~」
「う、う……ん。頑張るよ」
顔を引き攣らせ、ぎこちない声で応える。
胸を張って頑張ると宣言出来なかったのは、ある復讐を企てているからだ。
その復讐とは――またあとで。