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久流鎖(くるさる) くぐってはならない五つの門

久流鎖くるさる──くぐってはならない五つの門

1|依頼──“二本目まで、くぐったんです”

「ナズナさん……お願いです。助けてください──」


そのメッセージは、夜11時過ぎ、ナズナの端末に届いた。

匿名の投稿フォームを通して送られてきたそれは、短い本文と、一本の動画リンクだけを添えていた。


送信者は、ある配信者の恋人を名乗る若い男性だった。

彼女が“石柱くぐりチャレンジ”という企画を撮影してから、突然連絡が取れなくなったという。


ナズナは、動画を再生した。


画面には、夜の山道。

濃い霧が木々を包み込み、音は僅かな風のざわめきと、カメラのブレに伴うかすかな機械音だけ。


そして、その中央に五つの石柱が並んでいた。


石柱は 全て人の背丈ほどの高さで、荒く削られたような風化をまとっていた。

均等な間隔。古びた苔。

だが、最も目を引いたのは、それぞれの石に刻まれていた不可解な文字だった。


ヨーロッパ風だが、どの言語にも属さない。

ラテン語でもルーン文字でもない。

“古い何か”を真似しようとして、しかし構造を失った“崩れた模倣”のような──

けれど、ナズナの目にはそこに奇妙な統一性が見えていた。


動画の中で、配信者の女性は笑っていた。

軽いノリで、スマホを自撮り棒に固定しながら、石柱の前に立つ。


「一本目、通過〜。ただの石じゃん。……じゃ、二本目、行ってきまーす」


そこまでは、ただの動画だった。

だが──


彼女が二本目の石柱をくぐった瞬間、

カメラが一瞬だけ、ガタッ、とぶれた。


風もないのに、木々の影が奇妙に揺れた。


彼女が、ふと動きを止める。


「……ねぇ……あれ、何?……なんか……変なのが、いる……」


声が震えていた。

軽さは消え、そこには"何か"を見た人間の声”があった。


そのまま映像は暗転し、動画は途切れた。

以降、彼女とは一切の連絡がつかなくなった。


2|ナズナの静かな判断

ナズナは、しばらく何も言わなかった。

端末の光が彼女の瞳に映る中、指が止まったまま、数分の沈黙が流れる。


その空白は、彼女にとって“調べていた時間”ではなかった。

むしろ、“知ってしまっている自分”が、どう受け止めるべきかを考えていた時間だった。


そして、やがて端末を静かに閉じ、深く息をついた。


「……二つ目まで、くぐったのね」


その声は、ただ淡々と、けれど確かに迷いと重さを孕んだものだった。


──久流鎖くるさる


その名は、ナズナの中にだけ静かに刻まれていた。

正式な記録にも、文献にも、ほとんど載らない。

だが、ネットの深層や古い災厄伝承

あらゆる“見えてはいけない断片”を渡り歩いてきたナズナにとっては、既知の禁忌だった。


五つの石柱。

一本目は沈黙。

二本目は“視られる”。

三本目は“越えてはならない”。

四本目は“戻れない”。

五本目は──“名前すら存在しない”。

「……この依頼を受けること、それ自体が、場合によっては“干渉”とみなされるかもしれない」


ナズナはひとり言のようにそう呟き、

額に指を当てたまま、ほんの少しだけ考えた。


もし本当に、彼女が二本目を通過したのだとすれば、

すでに“それ”は、見ている。

この世界のどこかで、──“観測しはじめている”。


しかし、推測だけで事実は分からない。彼女は生きているかもしれない


「でも、まだ“終わった”わけじゃない」


ナズナは静かに立ち上がった。


どこか決意を秘めた表情で、髪を結い直す。


「……行きましょう」


3|山にて──異質な風景と、久流鎖の門前

ナズナは静かに立ち上がり、黒髪を後ろで一つに束ねる。

指先の動きに無駄はなく、それでいてどこか慎重な所作だった。


「……行きましょう」


それだけを言い残し、彼女はすぐに支度を始めた。


ナズナは総一郎にも連絡し、リスク承知の上で来られるか確認すると、大丈夫という事だったので彼と依頼人と自分の三人で行くことにした。総一郎は戦力にはならないが、もしもの時の為に、依頼人を逃がしたり、運転役もできるので居たほうが生還率が高くなる


数時間後、三人は山の麓に到着していた。

依頼人の車に揺られて、舗装されていない林道を越えた頃には、日がすでに傾いていた。

最後は車を降り、獣道のような細い登山路を歩くしかなかった。


深い森。

湿った土。

やけに風がなく、鳥の声も聞こえない。

生き物の気配が、最初からこの一帯だけ“除外”されているかのようだった。


足元はぬかるみ、草木は意図を持ったように絡みついてくる。

一歩、また一歩と進むたびに、空気が重くなる。


「……この山……どこか、変じゃないですか……?」

総一郎がぽつりと呟いた。


「張りつめたようで空気の密度が違う。酸素が薄いわけじゃない。ただ──“薄暗さ”が染みてるだけ」

ナズナの返答は、どこか詩のようだった。


依頼人は終始、顔を伏せたままだった。

足取りは重く、しかし後悔と不安に突き動かされるように、ナズナたちの後を黙って追っていた。


30分ほど歩いたときだった。

唐突に、森がひらけた。


そこだけ木がなく、空間がぽっかりと抜けていた。

そして、その中央に──五本の石柱が、黙って並んでいた。


一切の雑音が消える。

風も、虫も、葉も、存在の輪郭ごと曖昧になる。


石柱は、人の身長より少し高く、それぞれが同じように風化し、苔むしていた。

だが、どれひとつとして“無害”に見えなかった。


それぞれの表面に刻まれた文字。

意味の無いはずの造形が、なぜか“理解を強要してくる”。

読め無いはずなのに、目で追ってしまう。

認識しようとするたび、頭の中に微かな痛みが走る。


ナズナは、黙ってその場に立ったまま、二番目の石柱を見つめていた。


「……ここね」


その声は、あまりにも静かだった。

だが、依頼人はそれを聞いただけで、膝が崩れ落ちた。


「……ここなんですね……」


「二番目までは、確実に通ってる。足跡も、折れた枝の流れも一致してるわ」


「それ以降は……通ってないみたいね」

彼女は三番目の石柱を見た。

そこには、何もないはずの空間が、なぜか“黒く沈んで”見えた。


「……じゃあ……彼女は、ここで……」

依頼人の声が震える。


ナズナは首を横に振った。


「そうね。

ここで何かがあった........


「……どうにか……助けられないんですか……?」

その問いに、ナズナは数秒の沈黙を置いてから、静かに口を開いた。


「助ける、という行為そのものが、“この場所”にとっては侵入になる。

彼女は、まだ完全に向こう側には行ってないかもしれない。

でも──助けるという意志が、“やつ”に認識された時

それが、私達も門を通ったと同じ扱いにされる可能性もある........」


総一郎が低くつぶやいた。


「……なんで、こんなものが……放置されてるんですかね?」


「放置されてるんじゃない。

──“ここにしか、置けなかった”んじゃない?」


ナズナは、三本目以降の石柱に目をやった。

その表面には、一、二本目よりも深く、文字が掘り込まれていた。

それはまるで、“かつてここを越えようとした何者からの警告”であるかのように。


4|出現──久流鎖、顕現

──風が、止んだ。


さっきまで木の葉を揺らしていた山の風が、何かに吸い込まれるようにして消えた。

空気が凍ったわけではない。けれど、“動き”だけがこの世界からごっそり抜け落ちたような、そんな違和感が走る。


「……下がって」


ナズナの声は抑制されていたが、その端にかすかな震えが宿っていた。

彼女のような人間が“感情”を出すとき、それは何よりも正確な“警告”になる。


誰かが息を呑んだ音が、異様なほど大きく響く。


森の奥。

濃い霧が一瞬だけ割れ、“それ”は姿を現した。


──久流鎖くるさる


一歩、二歩。

音はない。だが確かに、森の地面が揺れていた。


その体躯は、明らかに“人の認知を逸脱”していた。

30メートル近い巨躯。

頭部には、鎌状の刃が20本以上生えていた。

刃はすべて違う角度を向き、まるで“見ている者の罪”を嗅ぎ分けているかのように震えていた。


胴体は、黒く古びた布のようなもので何重にも巻かれている。

けれどその下にある“形”は、間違いなく人間ではなかった。

腕や羽らしきものが複数、生えたり引っ込んだりしている。

動きはゆっくりと、威厳のある遅さが逆に強烈な不安を搔き立てる。今から何かが起こってしまう、とても嫌な予感がしてくる。


ナズナの目が、微かに見開かれた。


「まずい……これは、“見てはいけない段階”……」


その声が終わらぬうちに、風が“逆流”した。


翼──

久流鎖は、左右に広げたそれを振るわせた。


骨のようなフレームに、粘膜状の黒い膜が張られている。

蝙蝠に似ている。だが、もっと“生きた武器”に近い。

その翼が一度、跳ね上がった瞬間──


ドォン!!


空気が爆ぜ、木々が30メートル四方にわたって、一斉に“吹き飛んだ”。

倒れるのではない。砕けた。

枝も幹も、土ごと削れて舞い上がる。


「走れっ!!!」

ナズナの叫びは、咄嗟に出たというより、“思考より先に命令した”ような速さだった。


総一郎が、叫びながら依頼人の腕を掴む。

「立って!今は無理でも、動かないと死にますよ!!」


依頼人は震えていた。言葉も声も出ていなかったが──足だけが反射的に動き出す。

三人は林の道を全力で駆け下りた。


振り返る勇気が、誰にもなかった。

皆、生存本能の赴くままに必死で走った


どれくらい走ったか分からなくなった時、ようやく振り返る事が出来た


後ろから何も追ってこない。

だが、それが一番怖かった。実はすぐ近くにいる様な、いつでも目の前に出現できるぞ、と言われてる様な感じがした


しかし、ナズナは直感的に理解していた。

──「やはりあれは、“くぐった者にしか興味が無い」と。


ナズナの呟きは、自分に言い聞かせるように小さかった。

足は止めず、森の枝に髪をひっかけながらも、車まで走り続ける。


久流鎖くるさるは、確かに“出現”した。

だが、“出現しただけ”では終わらない気もする


それが今夜、何もしなかっただけなのかもしれない──確かにやつに私たちは"見られた"のだから.........


5|問いと、終わり

帰りの車内──沈黙のあとで


山を下りた頃には、空がわずかに白み始めていた。

三人とも泥にまみれ、汗で髪が張りついている。

車に乗り込み、エンジンをかけたあとも、しばらく誰も口を開かなかった。


運転席にいるのは総一郎。

助手席にナズナ。

後部座席には、依頼人が両手で顔を覆ったまま、震えていた。


道路は暗い。

ラジオもつけず、窓の外から虫の声だけが微かに聞こえる。


静けさに耐えきれなくなったように、総一郎がぽつりとつぶやいた。


「……あんなのが……本当に、いるんですね……」


ナズナは何も言わず、ただ正面を見ていた。


「僕達はくぐってないのに、なんで出てきたんですかね?」


「“あれ”は、過去に二番目までくぐってしまった人の結果よ、そこで完結せずに他に影響を及ぼすぐらいの行為だったのね.......」

ナズナの声は穏やかだったが、言葉には芯があった。


「じゃあ……三番目をくぐったら?」


「奴自体に何かしらの変化が起きるか........もっと広範囲に影響が出るか.......」

「それか、別のやつが出てくるかもね.......」


総一郎が一瞬、手をハンドルから離しかける。


「じゃあ……四番目、五番目までくぐったら、いったい何が……」


ナズナはゆっくりと、シートに背を預けて目を閉じた。


「ねえ総一郎。人は“見たくないもの”を想像して、自分からそこに近づくことがあるわ。

でも、それは好奇心では済まされないの。遊び半分でも想像以上の事態になる事もあるのよ──


後部座席で、依頼人が小さく肩を震わせた。


「……本当に……俺が、あんな企画なんかやらせなきゃ……っ」


ナズナは振り返らなかった。

ただ、窓の外に流れる木々を見ながら、そっと言った。


「今、自分を責める必要は無いわ。後悔は、きっとこれから、静かに長く続くものだから」


少し厳しい言葉だったが、それは戒めだった。遊び半分の行為が、どれだけの人に影響を与える可能性があるかを考えずに、その場の感情で行動する様な人がナズナは苦手なのだ


車内にまた、静寂が戻る。

そして、総一郎が小さく問いかける。


「ナズナさん……あんな石柱みたいなのって他にもあるんですか?──」


ナズナはほんのわずかに笑った、何かを誤魔化す様に


「……もう、いいじゃない。この話」


そう言って、ナズナは目を閉じた。

その横顔に、どこか寂しげな疲労があった

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