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episode.15 高校生なアラサーと文化を知る猫

 思考が止まる。同時に震えていた体も止まる。

 静まり返った空気と変な緊張感が一瞬にして消えたのが、愛梨は感覚的にすぐに分かった。


 この感覚を愛梨は知っている。あずきと最初に出会った時だ。

 愛梨は依頼をこなさず、何もしないで怠惰に過ごしていた。それをシドウが伝えたときも、今と同じようにあずきは責める言葉ではなく。愛梨を肯定した。


 愛梨はちらりとあずきを見る。目が合ったあずきはふふっと笑う。


「いいじゃない。生きるって楽しいことばかりじゃないんだから、そういう時があってもおかしくないわよ?」


 熱を奪われ、冷たくなった愛梨の体は少しずつ温かさを取り戻す。

 震えもなく、めちゃくちゃな思考もない。

 しかしまだ安心はできなかった。あずきはそう言っても、残りの二匹は分からない。

 愛梨は恐る恐る、ワシとリスのほうを見る。


 「え……」


 愛梨は目を丸くする。ワシもリスも表情一つ変えることなく、平然とした様子でいるから。

 愛梨の言葉を気にするわけでも、引くわけでもない。なんでもない世間話を聞いているかのようにしている。


 目を丸くして驚く愛梨を見て、ワシがふふふっと笑う。


「愛梨さん、死にたいって言ってもいいんですよ。待ち人はみんな死を願っている方達ですから、全然不思議なことではありません」

「うん。お、おいら達……にし、たら……驚くこ、と、とでも……ない、よ」


 すっと何か憑き物が落ちたように、愛梨は心が軽くなるのを感じた。

 死にたいなんて言葉を聞かされたら、引かれるか、馬鹿にされて笑われるだけだと、愛梨は信じていた。

 引かず、笑われないのであれが「死んじゃだめ」「生きていればいいことあるよ」と表面上は綺麗な言葉を並べた、無責任で相手を想っていない言葉を聞かされるか。



 しかし三匹は愛梨の信用を裏切り、綺麗な言葉もかけなかった。

 それが愛梨には嬉しく、自然と口角が上がる。


「愛梨ちゃん笑ってる!!」


 愛梨の口角が上がったのを見過ごさなかったあずきが、嬉しそうに近づいてくる。

 咄嗟に愛梨は右手で口元を覆う。


 あずきは下から覗き込むように愛梨を見上げる。

 見た目は品がある猫なのに、いたずらっぽく笑う顔がギャップがあって可愛い。


 「愛梨ちゃんはもっと笑ったほうがいいわよ!!若いし、可愛い顔をしてるんだから!!」

「若くないよ。もうおばさん……」


 お世辞と分かっていても、容姿を褒められて恥ずかしくなったのか、愛梨は両手で顔を隠す。

 「おばさん」と言った愛梨の言葉を聞いて、あずきはきょとんした顔をする。


「おばさん?あたしのママとパパより若いわよ?それにその服……学生さんでしょ?あら……でもさっき……」


 高校の制服を着ているから、愛梨のことを若いと言っているのだろうが、初めて会ってから何度も顔は見ているのに、今更何を言っているのか、お世辞なら間に合っていると愛梨はため息をつき、顔を隠す手をどけて、真正面からあずきを見る。


「……ほら。老けてるでしょ。きっと、あなたの飼い主より――」

「全然老けてないわよ?」


 まだ言うか、と愛梨は少しイラついた。

 猫の世界にお世辞という文化があるとは思えないし、一体どこでそんな人間みたいなことを覚えたのかと思ったとき、ふと愛梨の頭に一つの疑問が浮かぶ。

 


「ん?」

「ねえ」


「どうして……学生って言葉を知ってるの?」

「どうして学生なのに会社に勤めているのかしら?」


 愛梨とあずきは同時に言葉を発した。

 お互いが何を言っているんだ、とでも言いたそうな顔をしている。


「ごめんなさい。かぶっちゃったわね。愛梨ちゃんから先にどうぞ」


 譲られた愛梨は、少し考えてからあずきに聞く。


「えっと……どうして学生って言葉を知ってるの?今も……会社って言葉をどこで……飼い主が言ってた?現実世界でも……人間の言葉が分かるの?」


 言われてあずきは思考停止したように数秒止まり「あ!!」と大きな声を出す。


「そうよね!!あたしどうして人間の文化を知っているのかしら?初めて会った時から学生さんね、若くていいわって思って……。猫は学校なんて行かないのに……。あら?学校が何かも知っているわ……。会社も分かる……。ご主人が何を言ってるかなんて分からないし……。え?どういうこと?」


 珍しくあずきが混乱している。しっかりしているあずきでも混乱することがあるんだと、愛梨は少し安心する。


「待って待って。あたしの質問だけど、愛梨ちゃんはどうして学生なのに会社に勤めてるの?学校は?」


 急に言われて愛梨は体をびくっと震わせる。そしてあずきが言った意味を考える。


「どうしてって……学校は卒業してるから」


 愛梨の言葉にあずきは再び思考停止する。


「え?だって学生の服を……え?」


 あずきは正座していた足を崩して座る愛梨の足の上に乗り、前足で愛梨の顔を挟みじっと見る。

 あずきに見られながら、愛梨は気付く。

 

(私が制服を着ているからこの子は混乱しているんだ。今の私は学生のコスプレをした痛々しい三十二歳のおばさんなのに。原因は制服か……)


 不思議そうな顔で、愛梨の顔を調べるように見るあずき。

 前足で挟まれた顔。ふわふわした毛並みとぷにぷにの肉球が心地よい。


「え?え?こんなに若いのに学生じゃない?だって学生の服着て……。え?待って、愛梨ちゃんって鏡見たことないの?」

「この世界では……見てない」


 ハトの家にも鏡はあるが、容姿に気を使わない愛梨は鏡を見ることなんてない。もちろん肌の手入れは一切やらず、髪は手櫛で適当にまとめていた。

 鏡を見た事ないと聞き、驚いたあずきは鏡になるような物がないかと辺りをきょろきょろと見る。

 二人の様子を見ていたワシは、どこからともなく手鏡を出してあずきに渡した。


「使ってください」

「あら、ありがとう。用意がいいわね」

「鏡は乙女の必需品ですから」


 渡された手鏡を愛梨に向ける。

 向けられた鏡を見て愛梨は目を丸くした。鏡に映った姿は三十二歳ではなかった。


(え?顔が……これ……。髪と制服は高校生だなって思ってたけど……見た目まで……)


 鏡に映るのは肌に艶とハリがある、少し幼さの残る若い顔。

 鏡を凝視し動かない愛梨を見て、あずきははあっとため息をつく。


「本当に初めて知ったのね……」


 鏡から目を離さず、愛梨はこくりと頷いた。


「一体どういうことなのかしら?どうしてあたしが人間の文化を知ってて……」


 うーんと唸るあずきに、鏡を渡した時以外は黙っていたワシが口を開く。


「お二人は知らないんですか?この世界に来る待ち人は、待ち人になる始まりの姿になり、多くと関われるように必要な知識を得ることがあるって……」


 あずきと愛梨はワシの方を向いて、何それという顔をする。


「DOAは待ち人が生きたいと思う心を見つける場所です。待ち人は自分と向き合うことを目的としているので、この世界に降り立った時は待ち人となる始まりの姿になります。また種族や文化が違う者同士が出会うこともあるので、言葉とか最低限必要な知識を勝手に得るようになっています」


 優しくも淡々と話すワシの話しを、愛梨とあずきはぽかんと口を半開きにしながら聞く。


「つまり愛梨さんの姿は待ち人になる始まりの姿で、あずきさんが愛梨さんの文化を知っているのは勝手に知識が備わったということですね……という説明はこの世界に降り立つ前に神様から聞かされているはずですが……」


 おかしいな?とワシは首を傾げる。


 愛梨は最初からシドウの話を聞いていないから知らないが、今までのあずきの様子と、きょろきょろとシドウを探す姿を見ると、あずきも初耳のようだ。


 愛梨は雑談の輪から外れた場所で、何も話さず無表情のシドウをちらりと見る。

 愛梨の視線に気付いたのか、シドウはすっと愛梨に顔を向ける。

 じっと見る愛梨と無表情のシドウが少し見つめ合うと、シドウはにこっと笑みを浮かべ――。


「すまない。忘れていた」


 と、悪びれる様子もなく明るく言った。

 その言葉にあずきは、はあーっと長いため息をつく。元々、シドウの話を聞いていない愛梨は呆れることもなく、そうなんだ程度にしか思わない。


「これって大事なことじゃないのかしら?神様が忘れてどうするのよ」

「神も忙しいからな」


 ははっとシドウは楽しそうに笑う。

 まったくもう、と言いたそうにあずきは短くふっと息を吐く。

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