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episode.14 あずきの魔法

「十七時二十六分か。今日はここで野宿ね」


 何もない空間に、電光掲示板のように表示される、水色の文字のデジタル時計。

 愛梨の新しい魔法『時計』。その名の通り効果は時計。

 地下にいると今が昼なのか夜なのか分からないという話があり、愛梨が新しく書いた魔法だ。


「野宿は構いませんが、こんな場所だと危険ではないですか?ジャイアントオーク以外のモンスターが出てきたら……」

「その辺は心配しなくても大丈夫よ」


 ワシの不安を消し去るように、あずきは明るく言う。


「あたしの職業は聖女で専門は回復だけど、こんなこともできるのよ」


 あずきは静かに目を閉じる。


「花よ花。あたしの願いを聞いてちょうだい」


 あずきを中心に地面が桜色に淡く光り、愛梨たちの足元をふんわりと照らす。

 光った箇所から芽が出たと思ったら、急速に成長してたくさんの種類の花が咲き、花畑が現れた。

 愛梨たちを囲うように花畑から無数の植物のつるが伸びる。


 あずきは花畑の中心でにゃーん、にゃーんと何かに呼びかけるように鳴く。

 蝶が舞い、花びらが踊り、天高くつるは伸び続ける。


 にゃーん、にゃーんと鳴いているあずき。あずきの歌声の優しさには、赤ちゃんを寝かしつける子守歌のように愛おしさと温かさが含まれている。


 聖女という職業だから優しさを感じるのか、あずきの元々の性格が温かいものだからなのかは分からない。

 しかし、子守歌のようなあずきの歌は、聞く人の心に語り掛けるようで、ずっと聞いていたくなる。


 歌い終わったあずきは、静かに目を開ける。


「さあ、あたしたちを守って」


 あずきの声に応えるように、地面からぶわっと勢いよく風が吹き、花びらが天高く舞う。舞ったと同時に花畑とつるは弾けるように消え、残ったのは洞窟のごつごつとした岩肌だけ。


「えっと……何か変わりましたか?」

「ふふ。ワシちゃん、このまま真っ直ぐ向こうへ飛んでみて?」


 あずきに言われたワシは首を傾げながらすーっと飛ぶ。

 ごん。


「きゃっ!!」


 突然ワシは何かにぶつかり、その勢いで地面に落ちた。ぶつかった額をさすりながら周りを見るが、何もない。しかし、ぶつかった衝撃と痛みが額には残っている。

 ワシはおずおずと手を伸ばすと、硬い何かに触れる。


「なに?なにか硬い……壁みたいな」


 目で見ても何もないが、確かにそこには硬い何かが存在している。


「壁があるでしょ?」

「はい……。あずきさん、これは?」

「あたしの魔法よ。名前は無いんだけど、あたしは花にお願いすると花がお願いを聞いてくれるのよ」

「……聖女ってすごいんですね。お願いならなんでも聞いてくれるんですか?」

「えっと……それは……」


 聖女になって一か月くらいしか経っていないあずき。説明を受けているとはいえ、詳しくはない。ワシに聞かれて困ったあずきは、ちらりとシドウを見る。

 目が合ったシドウは、察してふふっと笑う。


「なんでもは聞いてくれないな。聖女の専門は回復と守りだ。ハナが願いを聞くのは専門であるものだけ。ハナは優しいから争いには向いていない。ちなみにこれは防御魔法の一つだな」

「ですって。それとハナじゃなくて、花よ。それじゃあ、まるで……」

「まるで?」

「…………なんでもないわ。それより、守りも専門だなんて聞いてないわよ」


 聞いてなかったんだろ?とシドウは茶化すように、へらっと笑う。



 シドウの話しを聞き終えたワシとリス。へえーと感嘆の声を上げながら、ぺたぺたと見えない壁を触る。


「で、でも……透明、だと……敵に、見つかる……んじゃ?」

「大丈夫。敵から姿を隠してねってお願いしてあるから。あたしずっと鳴いてたでしょ?あれはお願いを言ってたのよ」


 そうだったのか、と後ろで聞いていた愛梨は小さく頷く。

 優しい猫だとは思っていたが、お願い事もお願いの仕方も優しいなんて、と愛梨は目を細めてあずきを見ると同時に、心に重たい何かを感じた――。




 神殿に来る前に集めた木の実や、村で貰った食料を適当に分けて夕食をとる。

 村のこと、ワシとリスの馴れ初めの続きなど色々話し、いつしか話題は愛梨たち待ち人のことになっていた。


「あずきさんのことをもっと知りたいのですが、教えてもらうことって……」


 遠慮気味に言うワシに、あずきはにこっと笑う。


「いいわよ。あたしはママとパパと一緒に暮らしているのよ」

「ママとパパ……?」

「人間のことよ。とってもいい人間で大好きなの」


 いつもしっかりしている姉御肌のあずきの表情が、ふにゃっと崩れる。


「それと娘がいるわ。ほんっとうに可愛い子で、ママもパパも大好きだけど、娘ことはもっと大好きなの!!」


 崩れた顔がでれっと溶ける。これだけで、あずきがどれほど家族のことが大好きなのかが伺える。


「……そ、そんなに、大好き、なのに……どうしてDOAに……?」


 リスの言葉に、溶けた顔はすっと暗くなる。

 あずきは黙って俯く。

 急に黙ったあずきを見て、リスは余計なことを言ったのかと、おどおどしている。


「……わからないの」


 あずきは小さくぽつりと言う。


「わからないの。どうしてあたしがここにいるのか。あたしは娘のそばにいたいだけなのに……死にたいなんて思ってない……それなのにどうして……」


 あずきの声が震える。俯き、地面を見つめながら丸い手で地面をさりさりと引っ掻いている。

 その様子を見ていた愛梨は、あずきの言葉を思い出す。


『現実に帰れる心に《《ならない》》のよ……』


 DOAに来る待ち人という存在は死を願い、死を待つ者。現実に帰るには、生きたいと思う心が必要だと、シドウは言った。


 あずきの気持ちが本当なら、あずきはこの世界には相応しくない。すぐにでも現実世界に帰るべきだし、帰れるはずだ。

 しかし、あずきは現実に帰れる心に《《ならない》》と言っていた。


(……ならない?)


 愛梨は、あずきの言葉に何か違和感を覚えた。


 あずきは以前「現実に帰れる心にならない」と言っていた。現実に帰れる心とは生きたいと思う心のこと。

 あずきが死を願い、死を待っていないならば、生きたい心があるはずだ。

 しかし、あずきは「ならない」と言った。


(本当は死にたいと思ってる?わからないは嘘?気付いていないだけ?)


 明るく優しいあずきが、死を願っているなんて到底思えない。

 だが、現実にあずきは待ち人としてここにいる。どうして、なぜ、たくさんの疑問が愛梨の頭に浮かぶ。

 地面を寂しそうに引っ掻くあずきを見ていると、急にぱっと顔をあげた。


「まあ、考えても仕方ないわね。とにかく頑張るしかないわ」


 ふふっと笑うあずきにワシとリス、とくにリスは安心したのか、そうですねと声を掛ける。


「さて……」


 あずきはちらりと愛梨を見る。

 視線に気付き、察した愛梨は何も言わずに、ふいっと目を反らす。


「あたし、愛梨ちゃんのこと知りたいわ」


 やっぱり。

 嫌だ、話したくない、寝たふりでもすればよかったと、愛梨は起きていたことを後悔する。


 なんとかこの状況を突破する方法はないのか。あずきへの疑問は一瞬にして消え、逃げる方法を必死に考えるが、ここはあずきの防御魔法の中。

 ちょっとトイレと嘘をつき、防御魔法から一歩外に出たら、ジャイアントオークのようなモンスターに出会うかもしれない。


 だが、ここで断ったら……。愛梨の頭に蘇る記憶――。



『このテンションで断るってノリ悪くない?』

『先輩の誘い断るとかうざいんだけど』

『あの子超ノリ悪くってぇ、先輩の誘い簡単に断るんですよねぇ』



 記憶は愛梨の体から熱を奪い、震わせる。空気はあるのに息苦しい。

 話したら何を言われるか。断ったら何を言われるか。

 怖い、という冷たく暗いものが愛梨の心を侵食していく。


 どっちを選んでも、何かを言われるのならば――。


「……私は……一人暮らしで、小さな会社に、勤めてた」


 愛梨は話すほうを選んだ。

 話したくないと断っても、あずき達なら何も言わない。そう頭の片隅で思ってはいても、こびりついた暗い記憶が勝ってしまう。

 断って陰口を言われるくらいなら、堂々と馬鹿にされるなり、うざがられるほうがいいと。

 震える体と声を必死に抑えて、小さな声でゆっくりと話す。


「それで……まあ……あの、色々あって、嫌になって……」


 次の言葉が喉に引っかかる。

 出してしまいたい、出したら後悔するかも。でもここでやめたら何を言われる?

 愛梨は両手の震えを抑えるように、ぎゅっと硬く握る。


「死にたいって……思った……」


 しん、と静まり返る。誰も何も言わない。

 この時間が、愛梨を激しく後悔させる。言わなければよかった。死んでしまいたい。

 でも、言ってしまった言葉は戻らない。


 失言した政治家や芸能人がテレビで謝罪している姿を見て、言ったことを撤回しても何も変わらないと思っていたが、愛梨は言ったことを撤回したいと強く思っていた。


 しかし、撤回した所であずきとワシ、リスの耳と心には「死にたい」という言葉は残る。

 どうしよう。そればかりが、愛梨の頭をぐるぐると回る。

 何か言わないと、と考えれば、考えるほど愛梨の頭はめちゃくちゃに――。


「そういう時もあるわよね」


 めちゃくちゃになりそうな思考がピタリと止まった。


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