episode.12 かまいたち
(なんで?……かまいたちって攻撃できないの?)
走りながら魔導書を開く。
『かまいたち。鋭く洗練された風。全てを断ち切る』
魔法の説明にはそれしか書いていない。
全てを断ち切るのに、どうして切れなかったのか。
愛梨は走りながら考えるが、疲れて頭が働かないのか、緊張が切れしまったからなのか、頑張って頭を働かせるが、どんなに考えても理由が思い浮かばない。
何も思い浮かばないなら、逃げる以外ない。
腹に響く低音で叫びながら追いかけてくるジャイアントオーク。
激しく怒っているようだが、足が速くなるとかはないようで、愛梨たちとの距離が縮まることはない。
だが、いつまでも追いかけてくるジャイアントオークの体力と執念深さに、なす術なく、いたずらに体力だけが奪われていく。
あずきは荒々しい呼吸をしながら、がくがくと震える足を必死に前に出している。
リスを乗せたワシはふらふらと飛び、地面に落ちそうになるワシを、泣きながらリスが励ましている。
愛梨の隣を走るシドウは疲れは見えるものの、相変わらず浮かない表情をしている。
愛梨ももう限界だった。足の感覚はない。気力だけで足を前に動かしている。
ぜえ、はあ、と荒々しく息をする愛梨の喉と肺は息をするたび、悲鳴を上げるようにずきずきとした痛みが走る。
このままでは全員が死んでしまう。だが、愛梨が使ったかまいたちはジャイアントオークに効果はなかった。
残る魔法は天槍のみ。この場所で使うことは危険だが、そんなことは言っていられない。使わなければいけない状況まで追い込まれている。
後ろを振り向くとジャイアントオークは疲れをみせず、余裕な感じで愛梨たちを追いかけてくる。
(どうしよう……なんとかしないと……)
分かってはいても、愛梨の頭は答えを出してはくれない。
「ワ、ワシちゃん!!大丈夫!!」
ふらふらと飛んでいたワシは地面すれすれを飛んでいる。リスがどんなに応援しても、それに応える気力もないのか、少しでも気を抜いたら地面に落ちてしまいそうだ。
背中に乗るリスは泣きじゃくっている。
「ごめん!!お、おいら何もできなくて!!いつも……いつもワシちゃんに助けられてばっかりで!!」
「平気、よ……。だい……大丈夫……だから、ね?」
ワシは息を切らしながらも泣きじゃくるリスを気遣ってか、優しい言葉をかける。
その言葉を聞いたリスは甲高い声で叫ぶ。
「ふ、ふざけんなよ!!ぶたぁぁぁ!!おいらが……おいらが大きかったら、お前なんて一発だからな!!おいらが大きかったら!!簡単に倒せるんだからな!!」
リスの叫びは洞窟内に響いた。しかし、いくらリスが叫んだところで、ジャイアントオークにはなんのダメージもない。
ただただ無常に、リスの怒りと悲しみが洞窟内に響くだけ。
(大きかったら、か……。妄想で勝てるならそうして――)
リスの叫びを聞いた愛梨は何かに気付いたのか、手に持つ魔導書をちらりと見る。
(妄想……。チートな魔法使いは……思ったことを魔法に……思い……)
魔導書を持つ手に、ぎゅっと力が込められる。
愛梨は走るのをやめて、ジャイアントオークと向き合う。突然のことにシドウも驚いて立ち止まる。
「愛梨ちゃん!?何してるの!!」
さっきと同じように、愛梨の気配を遠くに感じたあずきは振り向いて叫ぶ。
今度は何をしようとしているのか分からないあずきは、息苦しさもあるなかで、必死に愛梨の名前を叫ぶ。
あずきの叫びに気付いたワシとリスも引き返して、立ち止まる愛梨の名前を叫ぶ。
近づく足音。踏み込む勢いと体の重さで地面が割れる音。音が聞こえるたびに足の裏から伝わる振動。
視界に映るジャイアントオークはどんどんと大きくなる。洞窟内の揺れも大きくなり、天井からパラパラと小石が降ってくる。
背中から愛梨の名前を何度も呼ぶ声が聞こえる。
(私一人なら死んでもいいけど、でも……)
魔導書を開き、かまいたちと書かれた文字を右の人差し指ですっとなぞる。
右腕、指先を真っ直ぐ伸ばしてジャイアントオークに向ける。
(チートな魔法使いは……思ったことを魔法にする。かまいたちは全てを断ち切る……さっき切れなかったのは……)
地下一階。外に通じる階段は一つだけ。窓もなにもない場所で、愛梨を中心に風が吹く。
その風は青白く色を変え、ヒューヒューと音を立てて、愛梨の右腕を囲うように吹き始める。
(風は強い……。木を倒して……車を倒して…………巨大な魔物も倒す……)
青白い風はどんどんと勢いを強めていく。地面に落ちる小石が、愛梨の腕に吸い込まれるように飛んでいく。
その勢いにワシ、リス、あずきといった動物たちは風に体を持っていかれそうになり、巻き込まれないようにと、急いでシドウの周りに集まり、足にしがみつく。
異変を察知したのか、ジャイアントオークは走るのをやめて、愛梨の様子を伺っている。
(かまいたちは刃物みたいな風……もっと強く……もっと鋭く……)
ヒューヒューと音を立てていた風は、いつの間にかゴウゴウと低く荒ぶる音を立て、小さな竜巻のような風の渦となり、洞窟内にある小さな石はどんどんと渦に吸い込まれていく。
風の勢いが強く、立っていることが難しくなったシドウは、愛梨から目を離さずにその場に座り足元に集まっていたあずきたちが飛ばされないようにと、守るように抱きかかえる。
「愛梨ちゃん……」
いつもと違う様子の愛梨と、愛梨の魔法にあずきは不安を覚えたのか、抱きかかえられたシドウの腕から顔を出し、不安げに見守る。
(あの子たちは…………)
風の渦を右腕に巻き付けた愛梨は、天井に向けて真っ直ぐに腕をあげる。
「ぶおおおおおお!!」
何かに気付いたようにジャイアントオークは雄叫びをあげ、愛梨に向かって走り出す。
「切れ……かまいたち」
愛梨は、右腕に巻き付けた風を飛ばすように、勢いよく右腕を振り下ろす。
愛梨の腕から放たれた風の渦はジャイアントオーク目掛け、一直線に飛んでいく。
ひゅっ!!
かまいたちはさっきまでの低い音とは違う、風切り音を洞窟内に響かせ、ジャイアントオークをすり抜けた。
すり抜けた瞬間にジャイアントオークの動きが止まる――。
ずうん、と大きな音と砂埃を立て、ジャイアントオークは愛梨の目の前で倒れた。
巨大な体はばさっと音を立て、灰へと姿を変えて消えた――。
「……はっ!!」
無意識に息を止めていたのか、灰となって消えたジャイアントオークの姿を見て、今度こそ倒したと確信した愛梨は、体内の減った空気をたくさん取り込むように、肩で大きく息をする。
(消えた……倒した……私が……)
手が震える。さっきとは比べものにならないくらい大きく震えている。緊張が爪先から体をすごい勢いで駆け上る。
全身が震えて、膝の力が抜けた愛梨は無抵抗に倒れる。
「愛梨ちゃん!!」
倒れた愛梨を見て、あずきは抱きかかえられていたシドウの腕から飛び出し、倒れた愛梨の体を飛び越えて、正面に座り顔を覗き込む。
「愛梨ちゃん!!どこか怪我したの!?」
愛梨はゆっくりと静かに首を横に振る。
「違う……力が、抜けただけ」
「それだけ!?本当に大丈夫!?」
こくり、と愛梨は頷く。
横たわる愛梨の体を見て、怪我した様子がないことを確認したあずきは大きく息を吐く。
「よかったぁぁ」
安心して力が抜けたのか、へなへなと崩れて、愛梨と向かい合うように横たわる。
「…………怪我、してない?」
「愛梨ちゃんのおかげでね」
よいしょっと立ち上がり、愛梨の胸の辺りで香箱座りになると、愛梨の顎下に頭を摺り寄せる。
「無茶するんだから」
何度も何度も頭を摺り寄せるあずきを、震えが止まらない手で撫でているからか、あずきの体も小刻みに揺れていた。




