EPISODE30、足りないモノ
剣を巧みに翻し連続で剣撃を食らわせる。
一振で5回から8回の斬撃が放たれ、周囲から見れば、何をしているのか瞬時に目で捉えられないほどの技術と速度を誇る。
デイルの斬撃を左腕一本だけで、全て防がれるばかりか、その場から動かす事さえ出来ない。
さらにマレイはまだ余裕を残していて、口元は緩んだままで表情を崩せない。
これが何を意味するか。
デイルは今までどんな相手にも全力で立ち向かって来た。
自身が保有する力のみで応えてきたのだ。
つまり、持てる魔力を以ってしてもマレイとの差が縮まらず大きく高い壁として立ちはだかっている。
デイルは焦り、はっきりと実力差を感じてしまっている。
「これが攻撃のお手本だよ」
マレイがゆらりと左腕を垂らし、鞭のように鋭い拳が飛ぶ。
その一撃はデイルの魔力防御を全く意に介さず簡単に突き抜け、体を打ち砕いた。
臓器がひしゃげたような激痛を感じ、衝撃で口から飛び出て来そうだった。
突き刺さった重い一撃は、デイルの意識を狩り取るには十分過ぎた。
しかし、倒れるわけにはいかないと自らの舌を噛み、意識を強引に保ってみせた。
「ぐほぁッ…」
意識は保ってみせたものの、ゲロを吐くように血を大量に吐き出す。
腹部に受けた激痛が全身に広がっていく。
それでも剣を杖のようにして、膝は着かせまいと必死にもがいていた。
床に刺さる剣を支えに辛うじて立つことが出来ている。
「よく耐えたね」
マレイが素直に称賛の声を浴びせた。
興味深い存在であっても脅威になり得はしない。
簡単に壊れてしまっては面白くはないのだ。
すぐにデイルの鋭い斬撃が空を裂く。
マレイは、持ち前の反応速度で斬撃を半身で避けてみせると避けた方向の瓦礫が鮮やかな断面のまま両断されていた。
一瞬の油断。
目を逸らすと、デイルの姿が消え失せていた。
「おっと」
マレイが再び視界で捉えた時には真上にいた。
「…一閃ッ!」
デイルは柄を握り潰す勢いのまま全力で剣を振り下ろすと、直線的に刃がマレイの頭に直撃し、地面に叩き付けた。
この一撃で勝敗が決しそうなものだが、仕留めるに至らないのは明白だ。
叩き付けた衝撃でマレイの浮き上がった体へ連撃を叩き込む。
「二閃ッ!!」
左右に分かれた斬撃は空を引き裂きながらマレイを更に空中へと吹き飛ばす。
「さ…三閃ッ!!」
疾走。
空中へと打ち上げられたマレイを軽々と追い越し、左右から繰り出す斬撃に的確な突きで上空へ舞い上げる。
重力さえも凌駕する圧倒的な連撃だ。
デイルは激痛のあまり血を吐き散らしながらも、空中で加速する。
「四…ッ閃ッ!!」
4つの斬撃を放ち、デイルは再びマレイを追い越した。
「八閃撃ィッ!!」
放たれた4つの斬撃と、直接的な4つの斬撃は挟み込む形となり、無慈悲にマレイの全身を斬り刻み、地面へ激突する。
「すげーな剣聖…」
ベルドは信じられない光景に息を呑み込んだ。
デイルの斬撃が、人魔解放戦線の幹部に絶え間なく浴びせられる様子は、まさに剣技の極致であり、その勢いと精確さは圧巻だった。
あの激しい嵐のような攻撃を受けて、無事でいるはずはない。
だが、その一方でエスティだけは深い溜め息を零していた。
「何をやっているんだあいつは…」
ベルドは耳を疑ったが、その理由は直ぐに腑に落ちた。
「がは……はぁ…はぁ」
呼吸を乱し、血を大量に吐き出す。
表情は激痛と疲労が際立ち、震える足で立とうとするが、地面に膝を着いてしまった。
八閃撃。
剣聖奥義の1つで、速度、破壊力を通常の何倍にも底上げし、数を重ねる事に魔力消費は魔力解放に相当し肉体への負荷が高くなる。
さらにデイルは、マレイから貰った一撃が致命傷といってもいい。
普段より代償が大きいのだ。
その状態で八閃撃を放てば、どうなるか、言うまでもない。
手応えは十分だ。
八閃撃は賭けと言ってもいい。
「少し…びっくりしたよ」
マレイは穏やかな口調でローブに付いた埃を手で軽く払う。
ローブには多少の傷が目立つが、肉体には傷ひとつ付いていなかった。
剣聖奥義でさえ、通じないとなれば、デイルに勝ち目はないだろう。
「君、本当に剣聖なんだよね?」
マレイは疑問を投げかけていた。
200年前に渡り合った8代目剣聖が継承したとあれば実力は同等かそれ以上となっているはずだ。
期待はずれもいいとこだ。
「てめぇの頬見てみな…」
デイルは激痛に耐え口元から血を溢れさせながら、口元を釣り上げた。
ツーっと、一筋の線が走る。
マレイの頬からは血が流れ落ちていた。
「これは驚いた。良いね」
マレイは感嘆の声を漏らす。
届かなかったはずの刃が届いていた。
「掠り傷でも…俺の剣は届く…ッ!」
どんなに壁が高かろうと、デイルの心は折れる事はない。
まだ瞳には闘志が宿っている。
「ふふっ」
マレイは微笑み、頬の傷を指で拭う。
右手を広げると、透明な液体が静かに溢れ出ていた。
液体といっても水ではない。
目ではっきりと見える程の高密度の魔力だ。
魔力操作練度の判断基準は、集中させた時の密度である。
これが液体であればあるほど高密度であり、魔力操作が精錬されている証でもある。
どうりで魔力攻撃が通らないはずだ。
マレイの魔力操作練度は、強者の中の強者。
重厚な魔力がデイルの攻撃を相殺していた。
「魔力形成」
マレイが呟くと手の中を満たしていた高密度の魔力が針の形へ変化していく。
デイルは体に鞭を打つ思いで踏み込もうした時、既に遅かった。
魔力針はデイルの左肩を貫通していた。
貫かれるまで目で捉える事さえ出来なかった。
「見えなかった感じ?」
マレイの問いかけに苦笑いで答えたデイルだったが、ぷらーんと左腕が下がり自由に動かせない状態になっていた。
狙われたのは関節。
厄介な事に、力を込める事ができない。
片腕でもと鼓舞しようとするが、片腕だけで勝てるほど甘い相手じゃないのは明白だ。
「まだだっ…!」
デイルは執念深く、立ち向かおうとするが放たれた4本の魔力針は容赦なく四肢を貫く。
完全に体の自由を奪われた。
それも的確に関節だけを貫いている。
「くそ…!このままじゃマズイぞっ!」
ベルドは助けに入ろうとするが、エスティは落ち着いた表情のままで、杖をかざし制止させた。
「今、助けねぇと死んじまうぞ!?」
「この先、あれと渡り合えないようでは、冒険は続けられない」
冷酷とも取れる選択だが、デイルには決定的に欠けたものがある。
それを手に入れる為の戦いだ。
これから先、冒険を続ければマレイを超える強敵達とも出会う。
乗り越えなければ未来はない。
マレイもまた、欠けた部分については最初から見抜いていた。
(何でだ…俺には…俺には何が足りねぇ…?)
デイルは四肢から血を流しながら、模索するがマレイに勝てる要素が見当たらないのだ。
立てているのが不思議なくらいだ。
剣を握っている感覚さえない。
「この程度で音を上げるなんて…。魔力形成を使うまでもなかったかな。少しがっかりかもね」
マレイは軽く浮かせた魔力針を放つ。
(こんな所でッ…!!)
デイルは目を見開いた。




