EPISODE26、代償
エスティは、冷静にライへ指示を出した。
「ティーを起こして地下牢に向かえ。契約騎士がいれば少しは楽になる」
「分かりました先生!」
ライは寝ているティルシアを背負う。
寝ているとはいえ、完全に脱力しきっていた。
首がカクカクと人形のように動いている。
なるべく体へ負担をかけないように背負い直して、その場から離脱する。
「さてと…」
「ちょっと待て、何する気だ」
ベルドは、エスティから滲み出る不穏な空気を感じ取った。
嫌な予感というやつだ。
「私は根に持つタイプでな。2年前にされた鬱憤を晴らさせてもらう」
エスティの表情は冷酷な笑みで、言葉には恨みが篭っていた。
2年前にされた屈辱的な行為を根に持っている。
兵士を回復させるとは言え、疫病に蝕まれた魔力を全て吸い出したせいで一時的に魔力を消失させてしまい、それが原因で毒を盛ったと難癖を付けられ、頭から水をぶっ掛けられたのだ。
やられたらやり返す事が性分なエスティにとって絶対に忘れない。
「魔獣召喚…。我が声に応じ…」
エスティが低い声色で詠唱を始めると地面には魔法陣が刻まれ、魔力が緩やかに渦を巻いて放出された。
魔法陣が黒き輝きを放ち、城全体が揺れるほどの衝撃が亀裂を入れる。
壁の軋む音が響き、緩やかに放出されていた魔力が次第に殺意の入り混じる凶器へと変わった。
魔力防御を展開していても、肌を突き刺すような痛みだ。
「契約ではなく使役しているのか…珍しい奴!」
マレイが舌打ちをしながらも興味を示していた。
聖獣や魔獣は契約以外でも仲間になる事もあるが余程信用されてない限り、不可能な芸当ではあるからだ。
マレイは関心した様子であったが手を振り抜くと、太い針を二本放つ。
魔獣召喚に集中している隙を逃さない。
迅速かつ的確な判断だった。
召喚魔法を完了するまでには一定の時間を要するため無防備な姿は、「どうぞ殺して下さい」と言っているようなものだ。
実力者達の前では格好の的となる。
放たれた太い針は、エスティに突き刺さる事はなく、鈍い金属音とともに弾き飛ばされ、壁に深々と力強く突き刺さり周囲の視線を奪った。
「マレイ様の攻撃を弾いたのか?」
「何なんだ…あの魔法使いは…?」
マレイの実力を知る騎士達は、恐怖を覚え自然と足を後ろへ踏み出していた。
ただ隙を晒すほど馬鹿ではない。
詠唱妨害の対策済みで詠唱と同時に魔力障壁で身を包んでいた。
大抵の魔法使いは強力な魔法を詠唱すれば、時間を要する分だけ隙が出来る。
詠唱中に攻撃されれば中断されるか防御のために集中力が乱れ不完全なものとなり不発に終わる。
そのため、仲間のサポートがあってこそ強力な魔法詠唱を可能とするのだが、エスティは1人で成し遂げてしまう。
「晒せ…地を蹂躙せし者よ…」
詠唱が進む度に城の揺れが激しさを増す。
立ち尽くしていた騎士達が我に返り、逃げ出す者が1人、また1人と増え恐怖を増長させる。
「逃げろ!殺されるぞ!!」
「こんな魔法使いだなんて聞いてない…!!」
蜘蛛の子を散らすように守る後ろ盾である大臣達を押し退け、我先にと逃げ出した。
「踏み鳴らせ五本指の蛇…!」
エスティが魔獣を召喚すると、建物よりも遥かに5本の頭を持つ巨大な蛇が魔法陣から顕現する。
蛇の体は大きくうねり、逃げ出している騎士達を睨み付けていた。
その眼光は獲物を見定めているようで目が合ってしまった騎士は武器を手放し、逃げ出すことさえ諦め呆然と立ち尽くしてしまう。
聳え立つ巨体は、まさに恐怖そのものだ。
五本指の蛇は、巨体を城の壁に押し付けながら城を這いずり回り、頭は壁を突き破り、颶風のような力で騎士達を鞭のようにしなり襲う。
崩れた壁からは逃げ出していた騎士達が零れ落ちて空中へ放り出されていた。
「待て!まさか…お前!」
ベルドの血の気が引いていく。
エスティの召喚した魔獣が想像を絶するものだったからだ。
「安心しろ、この程度で済ませてやる」
更に魔力を込めると、五本指の蛇は、長い首を回転させて壁を削り取り、取り囲んでいた騎士達を更に吹き飛ばしていく。
「助けてくれええ!!」
騎士の悲痛な叫びが飛び交うがもう遅い。
「探求者ギルドと、この私に喧嘩を売ったんだ…その身をもって支払ってもらうぞ」
エスティの悪魔的な冷笑とともに破壊の轟音とともに爆風が吹き荒れ、200年という歴史を持つルゼル城は呆気なく消し飛んだ。
どっちが悪者か分からない。
「ばっ…え…!?…は…?」
ベルドは言葉を失っている。
怒りを完全に通り越してしまった。
力を貸してもらうには代償があまりにも大き過ぎたのだ。
「やってくれる…」




