プロローグ、魔王が倒された後で。
自身の小説の原点で、ずっと執筆作業が不調だったのでもういっそのことだそうかなと。
楽しんで頂ければ幸いです。
魔王討伐から2年の歳月が流れ、世界情勢は大きく塗り替えられた。
かつて、魔王軍という脅威が消えた今、東西南北の4つの大国が空白を埋めるべく、名乗りを上げたのだ。
この四大国は、人口、富、軍事力のいずれにおいても他国を凌駕し、その圧倒的存在感は統治するに相応しいものである。
四大国で交わされた友好協定のもと、一応の停戦状態を保っているものの、微妙な緊張感が漂うばかりだ。
平和へと歩みを進めるだけのはずが、国々の間に出来た深い溝は一向に埋まる様子を見せず、勢力図を書き換えようと画策し、張り詰めた空気が緩和されることもなく、平和は遠ざかる一方だ。
表向きの友好関係は薄皮一枚で、剥がれ落ちるのも時間の問題といえる。
四大国を繋ぐ国境の先にある中心都市レイト。
そこは、煌びやかな街並みが繁華街の喧騒で埋め尽くされていた。
各国からの商人達が行き交い、特産物や工芸品といった品々を並べ、民達が賑やかに声を交わす度に地は生きているかのように呼応する。
そんな煌びやかな街並みで、一人の男が悩みを募らせていた。
男は、金髪に輝く髪を持ち、碧の瞳は宝石のように輝く。
老若男女を問わず魅了してしまうほどの美形。
街を歩けば振り返らぬ者などいない。
毎日、湯水のように金貨を溶かして散財、一軒家が何軒も建つ高級酒を杯に注ぎ、各国の名だたるシェフが手掛ける代表的な高級料理の数々。
贅沢三昧だ。
ーーそして。
両脇に抱える事が出来ないほどの美女達が寄り添っている。
美女達をひと目見れば、目を奪われない者はいないはずなのだが、彼の瞳に映ることはない。
贅沢三昧の生活は、心の奥底に潜む空虚を覆い隠すための仮面に過ぎないのだ。
彼の名は。
ヴレイド・フリーピース。
まさに、魔王を打ち倒したと語り継がれる【勇者】その人なのである。
彼の英雄譚は瞬く間に全世界を駆け巡った。
各国から崇められ、貢がれる金貨の山は日々増え続け、多ければ多いほど彼の心を罪悪感が蝕んでいくのだ。
金貨が手の中で燦々と輝く度、重荷となる。
羨望の眼差しが向けられる中、心の奥で葛藤が広がるばかりだ。
彼を一番苦しめるのは、人々が放つ、
「勇者様」
「英雄」
という言葉。
その言葉を聞く度に、心の中で叫ぶのだ。
「俺は英雄でも無ければ…勇者でもない…!」
ーーと。
時は2年前に遡る。
ヴレイドは、偶然にも聖獣と契約し【契約騎士】となった。
魔王を倒すという宿命を背負い魔王軍と戦う姿に惹かれ頼れる仲間達が集い、一大勢力となる。
ヴレイド自身も名声に恥じぬ活躍を見せ、遂には魔王城に乗り込み、魔王と対峙した。
薄暗く紫の炎が揺らめく空間の中で、魔王が発する言葉は死を直感させるものだった。
「ほう…。貴様は【契約騎士】の中でも秘めた力を感じるな。流石、我の元まで辿り着くだけのことはある」
魔王ゼルパ。
紫の肌色は、邪悪そのものを象徴するかのようで恐ろしく捻じ曲がった二本のツノが頭から突き出し、紅き魔眼には灼熱の魔術が刻まれていた。
そして、周囲に迸る禍々しい魔力は、死を告げるかのようだった。
魔王が発する殺気に晒され、心は恐怖支配されてしまう。
命を奪われる瞬間が目の前にある。
「貴様を倒せば世界が平和になる…!覚悟しろっ!!」
恐怖を打ち消すように全身から湧き上がる決意と覚悟は、勇者そのものだ。
いざ最終決戦。
と言うには烏滸がましいほどに一方的な結果が待っていた。
「はぁ…はぁ…。お、俺の攻撃が効かない…?」
ヴレイドが放つ剣技は、全くもって魔王には通用しなかった。
圧倒的強さ。
圧倒的絶望。
それでも剣を振るい続けた。
が、空を斬り裂く音が響くだけで、魔王にその刃が届くことはない。
決して自身の力を過信したわけではない。
過信したことなど一度もない。
ただ、魔王が持つ強大な力と自身の持つ力の差が圧倒的に開いているだけだ。
「どうやら…、我の思い違いだったようだ」
魔王の言葉が酷く耳に刺さる。
発する冷淡な声は、自身の命が尽きることを告げているようだった。
魔王にとって、幾度となく挑んで来た愚かな者達に過ぎなかったのだ。
ヴレイドは、吐いていた。
心を押し潰す、
絶望感。
無力感。
が込み上げ、打ちひしがれながら吐くことしか出来なかったのだ。
魔王の手が差し迫る。
その瞬間ーー。
鈍い音が静寂を突き破っていた。
目を疑う光景だ。
桃色掛かった銀髪を揺らし、少女が剣で魔王の顔面を斬ったのではなく殴り飛ばしていた。
彼女の姿は、白のベレットを被り、肩から流れるように縫われたローブは、白を基調とし、薄い桃色のラインが特徴的だった。
胸元には気休め程度の金属の胸当てが施され、スカートは風を纏っているような柔軟性がある。
戦闘に備えた動きやすさが考慮されていた。
腰にはベルトを巻いて、一冊の本が垂れ下がっている。
驚くべきところは、少女が手に持つ剣だ。
剣と呼ぶには不相応で鞘に納まったまま錆び付いた剣だった。
しかし、その一撃は確実に魔王へダメージを与えていた。
「き、君は…一体…」
ヴレイドは朦朧とした意識の中で、声を震わせていた。
思わぬ助太刀に戸惑いを隠せない。
「え?わたし!?んー。あっ!世界の謎を探求する者さっ!」
少女の声は明るく、人懐っこい雰囲気があり、どこか不思議な魅力があった。
少女が対峙していて、自身が倒れる訳にはいかない。
立ち上がろうとするが、瞼が重く、意識を失う寸前だった。
抗えることもできず、意識を失った。
再び目を覚ますと戦いは静かに決着し、魔王も少女も姿はない。
そして、現在に至る。
ヴレイドは、豪華すぎる居宅の扉を静かに閉め、重厚な空気に包まれた室内へと足を踏み入れた。高天井には厭らしく光るシャンデリアが輝き、贅沢に宝石で装飾された壁が迎え入れていた。
本棚に並ぶ多くの書物は、知識と経験を物語っていたが、他の書物には目もくれず、彼は本の位置を変え、隠し扉を開く。
暗い廊下を抜けた先にある一室には、各国の新聞記事や、絵師によって描かれた少女の似顔絵が壁を飾っていた。
彼女の表情は無邪気でありながら、どこか神秘的な雰囲気があり、その瞳に心を奪われる。
「君は一体…何者なんだ…」
ヴレイドは思わず呟く。
心の中には、彼女が魔王ゼルパを倒したという事実がずっと燻っていた。
何度も彼女の似顔絵を見つめ、その背後にある物語を想像した。
彼女はただの少女ではない。
彼女には魔王討伐とは他の宿命があるように思えてならない。
それが何なのか今は分からない。
だが、ヴレイドは必ず少女を見つけ出し伝えなくてはならないのだ。
魔王を倒した少女へ。
真に祝福されるべきなのは君なのだと。
原作者、こ。
作者、真宵にちよ。




