おまけ りくのもの 後編
「記憶にある刺繍の整理をしていたんです」
そう話しながら、作業していたものを片付ける。あまり見られたいものではなかったが、焦って片付けたほうが不審そうに見えるだろう。
彼は温かい飲み物を持ってきた。ありがたくいただくことにしたが、持って少しぬるいことに気がつく。廊下は寒いがすぐに飲み物が冷えることもない。
入るまで少し時間があったのかもしれないが、その理由はわからなかった。二つ用意していたということは、二人で話すつもりがあったんだろうから。
「子供たちがお邪魔していて申し訳ないです」
「うちの子を思い出すから、慰められるよ。
夏には戻れるといいんだが。お父さんの顔、覚えていてくれるか心配になる」
「早く戻れるといいですね」
義兄には息子が一人いる。去年来た時はほわほわした小さい生き物だった。最初は謎のイキモノでも見るような目で見られたが、なんだか興味を覚えたようで、よじよじと登られた。息子は登らなくなっていたので、少し懐かしい感じがした。その後、謝罪され、登った本人は怒られていたが。
「そうだね。早く頑固者を殴り飛ばして帰ることにするよ」
彼は柔らかく笑うが、言っていることは物騒だ。
兄は穏やかそうに見えるんだよね。というのはクレアの評だ。俺とは主義主張が違うので仲良くはないというのが次兄であるフィデルの評である。
ただ、この物騒さは兄弟共通のように思えた。
「そういえば、精霊様にお会いしたって聞いたよ」
「……はい」
義兄は長子であり、後継者として教育されていたから精霊の存在も知っていると前に聞いた。そのため、変に誤魔化してもすぐに知られるだろうと肯定することにした。
「君がいてくれてよかったよ。クレア一人では手に負えなかっただろうからね」
「知っていて、いなくなったんですか」
その言い方に無性に腹が立った。
今が悪いというわけではないが、クレアが予定した未来を変えてしまった相手から言われたくはない。
「……そこまで考えてなかったな。
僕はね、この家の者として不適合なんだ。出ていくしかなかった」
彼は少し困ったようにそう言って一度言葉を切った。
「僕は、精霊様を友人に出来ない。
使える力で、それを効率的に運用することを考えてしまった。皆が、便利になるために。
皆のために、ということを理由に長年そばに居た優しい方を使い倒すなんて、ひどいだろ。
すぐに嫌気がさしてどこか消えるのもわかるし」
「わかっているなら」
「ダメなんだよ。
わかっていても間違いでも、試したくなる。探求して、どこまでも、何もかも駄目になるとわかっていても知りたい。
だから、離れるしかないよ」
「相談したらよかったのでは?」
「使える、という発想を持つのもだめな気がしてね。この家にはそういう考えはいらない」
「なんで、俺に?」
「君ならそういう考えで近寄ってきた人を撃退しそうだからかな。
頼んだよ」
精霊を使う、という意識はクレアにはない。敬うでもなく、やはり、ご近所にお住まいの偉い人でちょっとお友達。
手を借りる気は元々ない。
俺は少しばかりズルだとしても、時に助けを求めてしまうかもしれない。そこを牽制されたのだろうか。
「まあ、クレアには悪かったとは思ってる。
良い婿が見つかってほんと良かった」
「それがクレアにとって良かったかどうかはわかりません」
「あ、もしかして、気にしてるのかな。
僕が放棄しなければ、クレアは君と結婚しなかったって」
その言葉は返答したくなかった。
「なにもなくても、フィデルが君を連れてきたと思うよ。
誘われたことなかった?」
「女の子のいるお店にいかない? とは言われましたね」
「言い方……」
「普通、その言い方だと少々いかがわしい店に連れていかれそうですよ」
三回くらい言われた。怖がられるのでとお断りはしていた。その意味が、うちの実家の服飾品店においでよ、だったらしいと今、わかった。
あれから何年もたっているが、誤解されたというか、誤解するような言い方をしていたことに気がついているのかは謎だ。
「周囲にその趣味がばれないように頑張った言い回しなんだと思うけど……。弟がすまない」
「いえ」
「まあ、僕が何もしなくても、弟がなんとかしてクレアと面識を持たせたと思うから帳尻はあってる。
あまり気にしないことだ。
とはいっても何も補填しないのは誠意もないだろう。
ひとまずは、リオネルに勉強の必要性を叩き込んでおくよ。遊ぶのもいいけど、そのままだと何も考えずに海に行きそうだからね」
「すみません。
うちの血が強いのか、陸地に向いてないように感じます」
「叔父みたいだ。そういえば君の大叔父さんがロロなんだってね?」
「そうらしいです。本人は身内には隠していて、ばらしたら絶縁と言っていたそうですが」
俺も知らないままだった。数年前にたまたま気がついたが、その件は口止めされている。
それの交換条件にリオネルとの文通してもらっていた。本当は必要ないが、大叔父さんが元気になるかなとクレアが提案してくれた。
手紙と一緒に貝殻や海に落ちている流木などがやってくる。それを飾っている一角は、ここでも海の匂いがする気がした。
「どこに縁が転がってるかわからないね。
ミラベルは、可愛い。あの子には白レース。汚すのはわかるけど、可愛いうちに着せたいものを着せるべき」
「わかります」
「この間、ディアナの著書を読んで、すごいシミ抜きが書いてあったから参考にしてみたんだが、すごくて」
「そうですよね。手間はかかりますが、やはり、その価値はある」
「わかってるじゃないか」
初めてこの人と通じた気がした。
そこから話ははずみ、クレアから、なんか、仲良くなって? と不審がられるのはもう少し先のことだった。




