麗しきもの
レースの儚い触り心地。
リボンの素敵な触り心地。
色んな生地の滑らかさや重厚さ。
刺繡糸の多彩な色。
ボタンの形やきらめき。
そういうものに心惹かれていた。
中でも糸一本で多彩なものを作り出す刺繍には心躍るものがあった。
きれいなものをきれいだと愛でてそのうつくしさに言葉を尽くしたかった。
ということを力説されている今、目の前にいるのは騎士団の繕い物係などと言われる男性である。騎士をしているのに繕い物ばかりしていると言われてるのに、ははっ、褒められちゃったと笑うような人である。
身の丈190を超え、腕太っ! と驚くばかりの体躯で、ちまちまと靴下を繕っている。
しかも、うまい。
「キラキラの衣装店に入ってみたいんですが、姉妹もいません。母はお前みたいなのを連れて行くと怯えられると断ってくるし、親族唯一の女性である従妹ときたらえぇ? 趣味じゃないと断られ」
「……いやぁ、わかりますけどね」
見た目でどうこう言うのは良くない。しかし、良くはないが、自分より30センチは上から見下ろされると普通に圧迫感がある。
歩幅の違いもあり隣を歩くのも苦労しそうだ。
「クレア殿はとても美しく縫われますね」
「それはどうも」
なんでこんなことになっちゃったかなぁとこっそりため息をついた。
発端はささやかで重大なミスだった。
今をさかのぼること10日前。
城雇いの針子である私、クレアはへまをやらかした。針を一本無くしたのだ。真っ青になって探しまくったが見つからず、上司に伝え、針子部屋をひっくり返すような大騒動をしたのだ。
で、肝心の針はといえば、ずっとそこにありましたと言わんばかりに針山に鎮座していた。
こそこそ笑われていたのでいじわるをされたのではないかと疑ってはいるが、注意がそれていたのも確かだ。
見つかったので良かったよかった、では済まなく、罰則として別部署に貸し出されている。いつもは貴人の服の仕立てや修理などをしている身の上からすれば、雑用としかいいようのない布巾を無尽蔵に作るとかシャツの補修とかをするように言われたのである。
城に上がる前は普通にやっていたことなので屈辱とは思わなかった。
最初はメイドたちの控室、次は侍従たちの休憩所、さらに掃除夫や庭園庭師などのもとを渡り歩き、最終的についたのがこの騎士団の寮である。
かつては壮麗であった王国の騎士団も今となっては貴人や来賓の出迎えや身辺警護程度である。それも近衛兵団と仕事の取り合いをしているらしい。もはや戦場の花形ではなく、魔王も魔物も歴史書の片隅にいたよ、と書いてある程度の世ならば仕方ないかもしれない。
今の騎士も剣で殴るようなものではなく、銃で殴っているし。何で殴るかって、騎士団に所属していた兄によると警護対象に当たる可能性のほうが高い精度なんだそうだ……。というか主に体術で制圧するのだそう。何か思ってたのと違うと思わなくもない。
高給取りだけど、怪我したらそれで終わりということで今は微妙な職らしい。一応入団資格が貴族であり、入れる者も限られていて人が少ないそうだ。そういう理由でまあ一応貴族? といううちの兄にも話が回ってきて数年在籍し、怪我により退役している。
兄の退役により、残念ながら収入が減り私が出稼ぎ兼修行に城に針子として勤めている。
兄が勤めていた先で話も聞いていたので特に何も思わず騎士団の寮に来たのだが、様子がおかしかった。
まず悲鳴を上げられた。
女の子がいる、幻? 幽霊!? 何かの間違いじゃと大騒ぎ。
団長も出てきて何事かという事態になった。
なお、私はなにをしていたかというと呆然としてた。自分より屈強な男性がわたわたしていたのだから。
ひとまず団長から話を聞くとこの騎士団寮にはこの十年ほど女性の使用人がいないらしい。それというのも十年前にメイドに悪さをした騎士がおり、当時王太子、現王の逆鱗に触れ、女性立ち入り禁止という話になったらしい。むろん悪さした騎士は退役させられているし、その家のものは未だに騎士団入り禁止だそうだ。
その説明に一部騎士たちもそうだったんすかと言っていたので、特に説明している事項でもなさそうだ。醜聞だからね……。
罰則として繕い物をしているので、何かあればという話をすれば国王陛下まで話が行ってしまった。まあ数日ならとお許しも出てしまったので、私はこうして騎士団寮で繕い物をしているのである。
その騎士団寮で繕い物の担当と紹介されたのが、彼、アトスである。目が点になった。
ところが針子もかくやという技術を見せつけられた。
くっそ、負けるかと張り合った結果、なんだか打ち解けて、三日目の今日、素敵素材が素敵でさぁという話を聞くに至った。
目を閉じて話だけ聞いていると繊細そうな華奢な青年像が浮かんでくるのに、目を開ければ屈強である。ギャップというものがあった。人が良さそうではあるんだけど。
「……あー、それなら、うちの店、来ます?」
と誘ったのはちょっとばかりの同情と下心があった。




